小さな一石。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

※GS3プレミアム琉夏新スチルネタバレ注意!※


 同市にあるはばたき学園から1通のメールが届いたのは数日前の事。少し変わった生徒がいるから進路相談等に乗ってやってほしいというような内容だったように思う。なぜ他校の一教師にすぎない僕に、という疑問は添付されていたファイルを見て吹き飛んだ。
 それは、ある試験の解答用紙。高校数学の範囲ではないその問題は、メールの送信者に言わせると『範囲外なので採点には含まない』というあくまでその教諭の趣味のようなものらしい。そしてそこに書き込まれた答案…。
「きっと、興味を持っていただける生徒だと思います」
 なるほど、これは確かに興味深い。メールの最後に添えられた一文に、僕は小さく苦笑いを浮かべた。

「ヒムロッチ、その人?」
 案内された教室で待っていたのは、きれいに脱色された金髪と片耳ピアスが目を引く少年。初めて見る人間に対しての興味を包み隠そうともしない好奇心に満ちた目で僕を見つめていた。
「初めまして、若王子貴文です」
 紹介されて名乗ると、彼は少し小首をかしげた。
 彼に紹介させる前に、彼を取り巻く環境――おもに家庭環境、を説明された。なるほど、それで僕が呼ばれたという訳かと妙に納得した。
 普段の素行は問題はあるが、目を見張る能力があるように思われる。しかし、その才能を生かす気も伸ばす術も持たない。このまま埋没させてしまうには惜しい人物――か。少しばかりやんちゃなのは年頃の少年としてはむしろ好ましいように僕は思う。己の好奇心を隠そうともしない視線は、むしろ彼の素直さを感じさせた。
 けれど。そう、きっと彼は僕と同じ。あの頃の、僕と同じなんだろう。
「これを解けばいいの?」
 黒板に書きだされた数式を見て、彼は少し思案する。その背を見ながら僕は思う。僕は彼にとっての小さな一石になれるだろうか、と。


 約束された期間はあまりに限られていて、僕に求められた役割は決して小さいものではない。放課後のわずかな時間を利用した、進路指導という名の特別授業。確かに、彼には素晴らしい才があるように思えた。そして、当の本人はその能力にあまり興味を抱いていないようにも思えた。
 さて、どうすればいい?どうすれば、彼自身の呪縛を解いてあげられるのだろう。
 与えられた数式を解いていくだけという一風変わった『進路指導』に彼は不満を唱えるわけでもなく、むしろそれを面白がっているように見えた。そして、少しずつ学ぶことに興味を抱き始めているようにも。
「そういえば、進路はどうするんですか?」
 黒板に向かって集中している彼に、ふいにそう尋ねたことがあった。彼は一瞬手を止めて、盛大に笑い出した。
「あれ、笑うところ?」
「うん、だって可笑しいでしょ。先生、進路指導に来てるんだろ?それなのにそんなついでみたいな聞き方…」
 肩を震わせながらひとしきり笑った後、彼が呟いた言葉。それはきっと、彼自身も長い間押し殺していた本音、だったんじゃないのかな。その言葉を聞いて、僕は少し考え、ゆっくりこう言った。
「――宿題にさせてください」

 それから数日後の『進路指導』の日、いつものように黒板に書かれた数式を解く彼の背中を見ていた時だった。かたん、と外で小さな物音がして、パタパタと誰かが走り去る足音が聞こえた。
「あ…」
 チラリとそちらを見た彼。そしてぐるりと僕の方へ振り返る。
「あのさ、先生。今日はここまでにしてもいい?俺……」
「ん、いいですよ。友達ですか?」
「うん、友達っていうか…」
 少し照れたように笑う彼に、その『友達』の存在が彼にとっていかなるものなのかを伺わせた。

 
 近頃、帰宅が遅くなる日が増えた。客員とはいえ、大学で教鞭を持つようになり、従来の高校での教師活動も続けている。二足のわらじの上に、さらに他校の生徒の『進路指導』まで請け負ってしまったからだ。
 あんまり無理しないでくださいね、と気遣ってくれる君もさすがに夢の中か、と時計を見て苦笑う。アパートの鍵を開け、足音を忍ばせて寝室へ向かった。そっと覗くと、布団の上では規則正しい寝息を立てている君の姿。極力物音を立てないように、と上着を脱いでハンガーにかけ、ネクタイを外していると布団の上でもぞもぞと動く気配。
「んー…、お帰りなさい」
「ただいま。起こしちゃった?」
 寝ぼけ眼で微笑む君が首を振る。僕の大切な、かけがえのない存在。不意に、夕暮の校庭に並んだ二つの影を思い出した。オレンジ色の光を受けてキラキラと光る彼の金髪は、遠目でも彼の表情が穏やかであることを感じさせて。
「…あぁ、そういうこと、か」
 我知らず呟いた独り言に、君が不思議そうに小首をかしげる。
「貴文さん?」
「ん、ちょっとね。先生、答えが分かったかもしれません」
 おどけてそう答えると、僕の大切な人はふんわりと笑った。



 最後の『進路指導』の日。少し早めについた僕はチョークを手に黒板を見上げた。
 教師になって、気が付いたことがある。人と人との出会いは、水面に広がる波紋のようなものだ。静かな水面に落とした小さな石から、幾重にも広がる波紋。些細な出会いでも、それは必ず何らかの影響を人に与える。良い影響も、悪い影響も。
「早く大人になって、誰の邪魔にもならないようにしたい」
 あの日、ぽつりと吐き出された彼の本音。僕は、彼にとって小さな一石になれるだろうか。少し祈るような気持ちで、僕は彼から与えられた宿題の答えを書きだした――。

 いつものように教室にやってきた彼は、黒板に書きだされた『解答』を見て小首をかしげた。
「いつか、採点してくださいね」
 本当の君自身が、素直に笑える日が来ますように。そんな祈りを込めながら。








 解:
『邪魔にならないこと』は『愛する人の幸せ』の十分条件ではない。多分、必要条件でもない。
『愛する人の幸せ』は、君が顔を上げて、いつでも胸を張っていること。君が心から笑えれば、それでいい。



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例の新スチルを見てから妄想が止まらなくなってやっちゃった一品w
やっぱり若センセはステキです'`ァ,、ァ(*´Д`*)'`ァ,、ァ