たいせつなもの。 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

「よし、こんなもんだろ」
 磨きあがった窓を前に、満足げにひとり呟く。年が変わるからって何かが変わるわけでもねぇけど、何かのきっかけがなけりゃ家中を掃除する機会なんてねぇ。そう考えると、年末のせわしなさにも意味があんのかな。
 掃除は済んだ。正月飾りなんてもんはガラじゃねぇから飾らない。料理は…面倒くせぇからやらない。年賀状は…これまたガラじゃねぇけど、義理を欠くのもアレだから数枚は出した。正月だからと言って特別な何かをするわけでもないから、こんなもんだろ。
「…っと、あとはアイツだな」
 一番面倒な用事が残っていることを思い出し、軽く舌を打つ。さて、今回はどうやってアイツの首根っこを摑まえようか。頭に巻いていたタオルを洗濯物の山に放り込んだ。


 朝から上でコウが何かバタバタやってたけど、素知らぬ顔で俺はベッドの中で丸くなる。こんな寒い日はベッドの中で丸まっているのが一番いい。ホント言うと、コタツか何かがあれば一番いいんだけど。今度どこかで見つけたら拾ってこよう。でも、ダイナーにコタツは合わないかな。
 そんなことを考えてたら、ドカドカと足音が近づいてきて。
「バカルカ!てめぇ、まだ寝てやがったのか!」
 と、コウの怒号とともに毛布を剥がされた。コウの暴挙に、一層体を丸くした俺は目だけ恨めしげにそちらへ向ける。そのコウと言えば、般若みたいに怖い顔。
「コウ、寒い…」
「うるせぇ。今何時だと思ってんだ」
 仁王立ちになったコウは、この年末の忙しいときに、とか、てめぇが寝てたらいつまでも片付かない、とかそんなことをブツブツと渋い顔で言い続ける。しぶしぶ起き上がった俺は、あくびを一つ。時刻はすでに昼と言ってもいいくらいの時間。
「まあいいじゃん。休みなんだし。寝る子は育つっていうでしょ?」
「うるせぇ」
 それ以上育ってどうする、と険しい顔をしたコウが言葉を切る。そして険しい顔がますます険しくなった。こういう時のコウは、何か良くないことを言い出す前兆。
「…何?」
 コウが何が言いたいのかは大体見当がついてる。
「あー…、ルカ。オマエ、正月どうする?」
「どうするって?」
「その…、予定、とか」
 やっぱりそう来たか、と内心ため息をつく。
「バイト?」
「オマエ、元旦はバイト休みって言ってたろ」
「んー、そうだっけ?」
 のそのそと立ち上がり、その辺にあった服に適当に着替える。さて、どうしたものか。
 別に実家に帰るのが嫌だとか、あの家が嫌いとか、そういうんじゃないんだ。ただ、なんていうか…あの家にいると、時々どうしようもなく不安定になる。父さんや母さんが嫌いな訳じゃない。父さんや母さんが俺を大切にしてくれていることも分かってる。だから。だからこそ。
「…帰っても、いいのかな」
「あ?」
 小さく呟いた声はコウに聞こえたのか聞こえなかったのか。背後で不機嫌そうなコウの声がした。
「ん、なんでもない。あ、そうだ。俺いい事ひらめいた」
「は?」
「あの子誘ってさ、三人で初詣行こう」
 くるりと振り返ると、怪訝そうなコウの顔。怪訝そうでも不機嫌そうでも、どっちも大して変わらないけど。
「だって正月だぜ?初詣行かないでどうするんだよ?」
「どうするって、オマ…」
「正月だぜ?あの子、もしかしなくても晴れ着とか…」
「……」
「んで、ちょこっとだけ家に顔出す。俺、二日からバイトだし」
「そ、そうか」
 俺の言葉に、コウはちょっと驚いたような意外そうな顔をしたけど、それ以上は何も言わなかった。


 大切だけど、怖い。大切だから、不安になる。大切だから…。