俺と真咲が出会ったのは、大学に入って間もない頃。お互いの第一印象は可もなく不可もなくって感じ。つるむ相手も確定してなかった時期に、たまたま近くの席に座って。何となく喋ってたら音楽や映画の趣味が合う事もあって、何となくつるむようになった。
たがいにそんなに真面目な大学生でもなかったから、テキトーに単位取って、テキトーに遊んで。意外に器用な真咲は人づきあいもそこそこ器用で。ノリもいいし気も利くから、女の子と飲みに行く時はあいつがいると盛り上がって。そんな理由で、合コンの度にあいつを呼び付けてたっけ。まあ、あいつも付き合いがいいから、特別予定が入って無けりゃ出てきてくれてたし。ああいう場も嫌いじゃなかったんだろうな。
ルックスも悪い方じゃないから、女友達は多かった。けど、特別な相手もいないみたいで。将来の目標がある訳でもなく、特別やりたい事がある訳でもない。ただ、そのまま社会に飛び出して働くのも嫌で、何となく大学に入って就職を先延ばしにしてる。俺も含めて、俺の周りはそんな奴ばっかりだった。真咲も、そんな奴の一人なんだと思い込んでた。
何でもそこそこ上手くこなしてしまうから、何でも『そこそこ』で終わっちまう。『そこそこ』でも楽しけりゃいいじゃんとか思ってしまう俺とは違って、真咲はそんな自分に物足りなさを感じてるみたいだったけど。俺に言わせりゃ、ただの器用貧乏ってやつだ。
――そこそこで満足して、何事も長続きしない。
酔っ払って何度もそんな事を呟いていた真咲が、珍しく続いていたものがあって。最初は短期で始めたはずの、花屋のバイトだ。
『意外に大変なんだぞ、あの仕事も』
そう言いながらも、その大変な仕事にハマってるのは見るまでもなく。どこに遣り甲斐を覚えたのかは知らないけど、期間バイトだったはずの花屋にすっかり居座っていた。
そしていつ頃からだっただろう。あれほどマメに顔を出してた合コンに誘っても、めっきり付き合いが悪くなってきたのは。そして、アンネリーでバイトが入っている日は何となくソワソワするようになったのは。
『そういやさぁ、この間入ってきたっつー新人の女の子、どうなったの?』
思いつきで聞いた質問、その時の真咲の反応。今思い出しても笑えるくらい分かりやすくて、付き合いが悪くなった理由も聞くまでもなく想像できた。
『そっかー。そういうことかぁ~』
『ちがっ…おま、櫻井!変な誤解してるだろ!!』
誤解も何も、耳朶まで真っ赤に染まった顔を見れば一目瞭然だろ?本人は自覚がないみたいだったけど、案外とオトメチックな所があるからな、真咲君は。
これで真咲をからかうネタが一つできたと思った俺は、当然そのネタ元の顔を見てやろうかと思う訳で。真咲本人に頼み込んでも、その可愛いアルバイトちゃんに会わせてもらえるはずもなく。ある日こっそりアンネリーに足を向けた。
真咲に見つかると後がうるさいから、アンネリーの近くを偶然通りかかった感じで。店先に並んだ鉢植えを見るともなしに眺めていたら、店の自動ドアが勝手に反応して開いた。
「いらっしゃいませー」
よく通る明るい声に目を向けると、グリーンのエプロン姿の高校生風の女の子。ちょうど接客中だったのか、色とりどりの花を相手に作業台で格闘中だった。名前も知らない花たちは彼女の手に寄って手際よくまとめられ、可愛らしくアレンジされる。ピンクと白を基調にしたブーケを手に、彼女は少し緊張した面持ちの男性客の元へ。
「お待たせしました!このような感じでいかがでしょうか?」
「あ、ありがとう」
「きっと上手くいきますよ!頑張ってくださいね!!」
たぶん、これから想い人に気持ちを伝えに行くであろう男性客と、それを励ます花屋の店員といった風で。男性客は、照れ臭そうに笑って店を後にした。そして、彼女の視線が俺を捉える。マズイ。花を買うつもりなんてなかった俺は、内心少し焦ったけども同時にいつも飄々としている真咲が柄にも無く惚れこんでいる彼女と話してみたいと言う欲求もあって。
身動きできずに立ち尽くしていると、彼女がニコリと笑って近付いてきた。
「何かお探しですか?」
「いや、えっと…。ちょっと下見って言うか…そう、近々ウチの親が誕生日でさ。花でも送って驚かせてやろうかと…」
「わあ、そうなんですか!おめでとうございます」
苦し紛れに言った言葉に、彼女は嬉しそうに笑って。予算はどれくらいだとか、今の時期ならどの花がいいとか。そんな事を花なんて全く興味のない俺にでもわかりやすいように説明してくれた。
黒目がちの大きな眼と、さらさらの胡桃色の髪。恐らく化粧なんてした事がないであろう滑らかな肌に、うっすらと染まったピンク色の頬。顔のつくりは格別美人と言う訳でもないけど、何故か眼が引きつけられる。
「…そういやさ、今日、真咲は?あいつ、シフトじゃないの?」
「え?真咲先輩のお友達なんですか?」
気紛れに出した真咲の名前に、彼女は大きな眼を真ん丸に見開いて驚いて。そして、何故かちょっと残念そうに眉を寄せた。
「先輩、配達に出てるんです。もうすぐ帰って来ると思うんですけど…」
「あ~、大丈夫!別にあいつに会いに来た訳じゃないし!つか、あいつがいたら逆にマズイから!」
「え?」
「あ、えーっと、ホラ。何か恥ずかしいじゃん?親の誕生日に、なんてさ」
適当に繕った言葉に、彼女は納得したのか可笑しそうに笑って。そのわずかな会話の中でコロコロと変わる表情に、真咲がこの子に惹かれた理由が何となく分かったような気がした。
「じゃ、ありがとね。参考になったよ。あいつが戻ってくる前に退散するわ。あ、あいつには俺が来たってナイショにしといて」
「はい!また来てくださいね!」
どの客にも言ってるであろう台詞に、どの客にも見せているであろう明るい笑顔。だけど、何だか悪い気はしない。むしろ、またこの子に会いに来てもいいかななんて思わされてしまう。
ふーん、そっか。あれが真咲の好きな子か。妙に納得したっけ。
……あれから、どれくらい経ったんだろう。なかなか煮え切らない真咲をからかったりして迎えたあの子の高校卒業の日。案外とオトメチックな真咲君は母校に伝わると言う伝説を信じてみるとか何とか呟きながら、やたらに緊張した面持ちで決意表明を語ってくれたっけ。
その後、真咲を通してあの子とも接する機会が増えた。真咲の事が無けりゃ、あんなイイ子……なんてことは、俺の胸だけに留めておこう。
付き合いだしてからもあーだこーだと何かと悩みの絶えなかった真咲君の恋心が、やっとちゃんと実を結ぶ今日。もしも真咲に愛想をつかしたなら、いつでも俺のとこにおいでなんて言ったら、花嫁姿のあの子はどんな顔をするかな。
着慣れてないスーツを身に纏い、通りがかった花屋の店先。お祝いに花束でも一つ買って行こうか。あの二人が出会った、色とりどりの花が並ぶアンネリーで。
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1月24日は真咲先輩のお誕生日。
お誕生日用っぽくないけど、愛は込めた!!w