ここにこなければ、こようと思わなければ、
手にはいらなかったものがたくさんある。
大学も5年目で、
入学した頃と絶対違うって言えること。
それは、自分が手を伸ばせる範囲がわかったってこと。
入った頃はどこまでだって届くような気がしてたけどそうそう甘くはなかったみたい。
手を伸ばそうって思ったきっかけは、ある在日朝鮮人との出会いだったのかも。
大学にきて、人に恵まれてたと思ってる。
入学した当初、同期はなんかみんなスケールでかくて、バックボーンも強烈で、自分の凡庸で貧弱なそれに辟易しそうになったのを覚えてる。
歳を経て実際に海外に出て暴動に巻き込まれたりしたけど、
自分がいかに平凡かを思い知らされるばかりだった。
自分にできるのはほんと限られてるってのを理解する4年とすこしの大学生活でした。
それほどその事実をいやだとおもってたわけじゃなく、ふつうにそれを受け入れてきたつもりだけど、
あれこれ思いをめぐらせると、なにもかもが、平凡じゃないものを身につけようとしてのことだったかもしれない。
話が逸れた。
いろんな人と出会った大学4年間だけど、
いろんな世界をみたいって思うようになったきっかけは
友達の中で一番付き合い長い、ある一家の長男。
そいつもそいつのおやじもみんな朝鮮籍。
いわゆる在日の一家。
自分とその家族との出会いが古すぎて、自分の一部になりすぎて、
少なくとも世間からは「在日」って呼ばれる彼ら家族のことを知りすぎていて、
彼らをよく知ってる理解者(のつもり)として、
「在日」って言葉を避けるのがバカバカしいから避けない。
オレの生まれたところには在日の人は少なく(てゆーか外国人すらほとんどいなかった)、
オレらの親世代くらいなら、妙な先入観も、差別意識も何もない環境だった。(と思ってた。)
だから、幼稚園でそいつと同じ組になったときから、何の違和感もなくそいつんちに遊びに行って、パチンコ屋の社長してるアボジはよく一緒にサッカーしたり野球したりして遊んでくれるいいおっさんだった。
ゲームもよく借りてたし、遊戯王カードも一番そいつとやったし、将棋もたぶんそいつと一番やった。
スポ少(スポーツ少年団)も一緒だったし、だからバスケもサッカーも野球も水泳も、ぜんぶそいつと一緒にはじめた。
そんな少学校生活だったわけだが、すこし問題じみたことも起きた。
2年のときに、高学年のアホウがそいつに、
「うっせー中国人!!!」
って罵ったことがあった。
そいつ自身は先生にちくったりしてなかったけど、そのあとすぐ、アホウが担任に連れられて泣きべそかきながらクラスに謝りにきた。
朝鮮人に「うっせー中国人!!!」はないだろうってツッコミどころもしっかりあるけど、そんときのその担任の激怒っぷりといい、アホウの号泣っぷりといったらハンパなくて、当時、「在日」って言葉すら知らなかった小2のオレでもなんか普通じゃないなって漠然と思ったのを覚えている。
小4にあがるとき、卒業生みんなが自動的にいくはずの一中と二中ではない、朝鮮初中高級学校にそいつのねーちゃんは入学していった。
卒業式でそいつのねーちゃんが着てたチマチョゴリ風の制服をよく覚えてる。
そいつもねーちゃんと同じく、オレらとは別の学校にいくことになった。
山形には朝鮮学校はないもんで、隣の宮城に下宿だった。
それがわかったときはなんとも思わなかったな。
かなり仲よかったけど、どうせすぐ会えるし、くらいにしか思わなかった。
それがあいつとの最後になるなんて、その頃のオレには知る由もなかった。
というのはただの嘘で、
中学2年の夏、そいつは朝鮮学校を辞めて、オレらの通ってる中学に転校して来た。
オレのいたクラスに来ることになった。
1年半ぶりに教室で机を並べたそいつは、オレの知ってたそいつとはかけ離れてた。
小学校のときは児童会議長で、くもん通ってて、計算なんか誰よりも早くて、スポ小じゃバスケのキャプテンで、「優等生」って感じだった。
久しぶりのそいつは、中2のくせにタバコ隠れて吸ってて、
理科と数学やたら苦手になってて、
優等生で通ってたのに、なんか卑屈になってた。
なんで?って、
朝鮮学校のイジメってか、上下関係、先輩後輩の関係、ハンパなかったらしい。
先輩の命令は基本絶対。だからいっつもジュースだの何だの買いにいかされてたらしいし、ケンカやら万引きやら、警察のお世話にもなったらしい。
そのころかな。「在日」って言葉の使われ方がはっきりわかったのは。
図書委員やってて、委員の仕事で図書委員長と担当の先生とで本屋いって、
図書室に入荷する本買いにいって、窪塚と柴崎コウの映画「GO!」の原作みつけたんだ。金城一紀の。映画みた事なかったんだけど。
それ読んだときは衝撃だったな。
物語自体もなかなか気に入ったし、そいつのこともあって今でも好きな本。
でもなにより、在日に対する差別ってこういうものなんだって、朝鮮学校ってこうなんだって。小説ながらそいつが実際にそういうとこ行って来て変わったんだなって思った。
自分の知らん世界たっぷりあったって思った。
オレがそいつの事で一番辛かったのは、
そいつにはじめて彼女ができたときのこと。
彼女の親父に別れさせられたとき。
差別する人が普通にその辺にいたってことに驚いたし、何て言えばいいかわからんかった。何も言えなかった。何もいえん自分がやだった。
そんでいろいろ知ろうって思った。友達に辛い事あったら、話聞いて、少しくらい力になりたいって思った。
それがきっかけでここまで来たんだと思う。
大学ももう5年目だけどまだまだ知らない事ばっかで、いまだってそんときのそいつにかけてやる言葉は見つからないけど、自分にできる範囲ってなんとなくわかってきた。
そいつがいたから今の自分がある。って。そいつのおかげで今の自分があると。
ありがとう。
おしまい
反省
完全に、だらだらよくわからんこと書いただけの文章になっちゃったから、こんどはもっと絞って書く!