
かもしかだね。ウチの近くにあるゲートボール場のある山。
最近そのてっぺんにある浄水場の新設工事かなんかでしばらく使えなかったんだけど、
春になって工事終わって久しぶりにゲートボールしてたらでてきたらしい!
かもしか。
今日は手塚治虫の「奇子(あやこ)」ってのを読んでてじもとのことを考えました。
奇子は戦後の話で、「主人公」っていう主人公がいなくて、
どの登場人物も狂ってて、善も悪もない。
日本人のダメなところがすごく描かれてる作品だと思う。
これに登場する元大地主のおやじが、
家の実権が長男に徐々に移っていく中、昔を偲んで言う
「若え頃は これでも十四ヶ村一の 大地主だっただ この山のぐるり全部
わしの所の小作人が働いとって わしが行くと最敬礼して 迎えよったもんだ
それが戦争からっこっつぁ だれかが…
だれもかれも わしからひっぺがしていきおって… くそぉ!」
ここ読んで、過去にしがみつくのって醜いと思った。
過去にしがみつくのは醜い。
来年からしばらく山形帰る事になって、きっと大学時代は楽しかったなぁなんて思うんだろうと思うけど、
過去は思い返すだけにして、それにしがみついて今を憎むのだけはせんようにしようと思った。
いまだって最近だって、過去の栄光にすがるようなこと会話の流れにしてもなんだかんだしてる気がする。
過去は大事にするけどそれは今とかのためにだけ考えよ。
過去。かこかこ。