東京新聞(6/17)の記事より
 
石原伸晃環境相は16日、東京電力福島第一原発事故に伴う除染廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設建設をめぐり難航している福島県側との交渉について「最後は金目でしょ」と述べ、最終的には用地買収価格や交付金など金銭で解決するとの見方を示した。
 
官邸で記者団の取材に答えた。 
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福島県の佐藤雄平知事は「非常に残念で信じられない。
住民の皆さんの、ふるさとを思う気持ちを踏みにじる発言だ」と反発。
 
候補地の同県双葉町の伊沢史朗町長も「本当に困る発言だ。
補償や賠償など金が目当てだと誤解を招く」と批判した。
そのことについて、3面でも次のような記事が出ている。
 
福島県から批判集中
「ばかにしている」「気持ち踏みにじった」
福島第一原発事故を受けた中間貯蔵施設建設をめぐり、石原伸晃環境相が「最
後は金目でしょ」と発言したことに、施設候補地の福島県の地元住民からは批判
が相次いだ。

福島県大熊町の候補地内に自宅があり、現在は福島県いわき市の仮設住宅に避
難している女性(56)は「『お金を出せばいいんだろう』と言っているように感じる。
 
あまりにも住民をばかにした発言だ」と批判した。

「施設が必要なことは理解している。
きちんと説明してくれれば反対できないとも思っている」としながらも「でも住民説明会には大臣が来ないし、国の担当者は質問しても何も答えない。
 
そこにこの発言では正直、がっかりだ」と語った。
大熊町の渡辺利綱町長は「中間貯蔵施設は住民が先祖代々の土地やお墓を手放すことになるもので、お金だけで解決できるものではない。
それでも必要だからと、協力しようという住民もいる中、その気持ちを踏みにじる軽はずみな発言だ」と述べた。
 
私はこの石原伸晃環境相の「最後は金目でしょ」という発言を読み、本心を言ったことだが、大臣が言うべき言葉ではない。
 
しかし、これは地震や台風や火山の爆発というというような「自然災害」ではない。
 
ここを、原発事故も自然災害と同じように捉えていることそのものに大きな認識のズレがあると前々から思っていたし、今でもそう思っている。
 
日本人が広島・長崎・ビキニ水爆実験で被害を受けた放射能汚染という人体のみならず、生物への甚大な被害を認識することなのだが、なぜかそれが出来ない。
 
そもそもこの福島原発事故が起きた時点で、国は放射能汚染地域の人々を避難させることと同時に、「事故前と同じような生活は出来ません」という強い行政力で個人や企業の土地を買いとり、国の土地にするべきだった。
 
それを「絆」だ「みんなで助け合い故郷へ帰ろう」などという美辞麗句に踊らされ、いつの日にか帰れるという幻想を持たせたことに、国や自治体は酷いことをしたものだと今でも思っている。
 
「除染」を行い放射線量が一時的に低くなっても、福島原発の放射能は封じ込められてはいないのだ。
 
「ハエ獲り紙」の話を何度も出して恐縮ですが、今の「除染作業」は「ハエ獲り紙」と同じことをやっているだけだと思っている。
 
大昔から昭和40年代迄はどこの家庭や商店でもハエがうるさく飛び回っており「ハエ獲り紙」がぶら下がっていたり、ハエ叩きをどこの家庭でも持っていた。
 
今は全国津々浦々までかどうかは知らないけど、ポトン式トイレは無くなり、浄化槽や本下水が整備され、ハエの幼虫である「蛆虫」の発生は極端に少なくなった。
 
この「ハエ獲り紙」の理屈と同じようなことをやっているのが「除染作業」であり、放射能という蛆虫を封じ込めないで、大気に出た放射能をいくら除染をしたとしても蛆虫とハエの関係が解消されない限り、永遠に続く「無駄骨行為」なのです。
 
ところで、この避難地域を国が買い上げ、国有地とすると困るのは誰でしょう。
  
国有地なら人々が住めないし、危険地域として封鎖すれば良いわけですが、そうすると放射能で汚染された地域でも除染する必要があるのか。ということになります。
 
国として金を使うには目的(住民が安心できるようにとか)が必要ですが、その目的が無いと金を使えません。
 
そうすると国が困るわけです。
 
国としては屁理屈を捏ねてでも金を使いたいわけです。
そうすることが国の仕事だと錯覚しているわけです。 
そして国と県と市と町と村と住民とによる金の分捕り合戦が始まるわけです。
 
そういうことが分かっているから、石原伸晃環境相の発言、
「最後は金目でしょ」という本音発言に繋がるんですね。
 
自治体や住民も「大臣!いきなりストレートな発言をされたんじゃ、我々の本音の姿がモロにバレてしまい、恥ずかしいじゃありませんか」ということでしょ。
福島のみなさん!!
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沖縄の基地問題と同じことですよ。ったグ~。