完訳:日本奥地紀行 1 イサベラ・バード、金坂清則 訳注
2012年3月21日 平凡社刊より、転載・引用
 
日本奥地紀行:イサベラ・バード NO.36
英国人の女性旅行家が、1878年(明治11年)6月から9月にかけて、通訳兼従者として雇った伊藤鶴吉(18)を供とし、東京を起点に日光から新潟へ抜け、日本海側から北海道に至る北日本を旅した。
イサベラ・バードの「日本奥地紀行」を記載します。
 
■第二十一報 店屋
1878年 7月9日(火曜日) 新潟にて
  
驚嘆に値する店屋の数々  
「きらびやかなる東洋」という名言が日本で当てはまるのは、ごく少数の寺院についてだけである。
木でできた灰汁色の低い家からなる都市はどれもきわめてみすぼらしく、店屋も外観に関する限りはその例にもれない。
 
極上の織物「反物」は湿気や嗅、雨で傷まないように店頭に陳列されることは絶対にないし、私たちだと古物商と呼ぶ「骨董屋」が多数あるが、店頭にはありふれたものしか陳列していないからである。
 
最も見栄えがするのは、陶器屋、菓子屋、玩具屋や神仏具屋である。
 
時間と根気がありさえすれば、小さな裏店に入り込んだり、急勾配の梯子で屋根裏部屋まで上っていくと、古い漆器の掘出物にお目にかかれるかもしれない。
ただ、それらはいずれも専用の立派な樅の箱「桐箱」に入れ、しかも網のように柔らかな縮緬紙で幾重にも包んで隠してある。
 
桶屋や籠屋には、造りがすぼらしくいろんな用途に使える手造りの品物が置いてある。
ある桶屋の前ではそこを通るたびに、客になって中へ入ってみたい思いにかられる。
 
材を吟味し細部にまで意を用いてきめ細かく味わい深い感じを出しているために、ただの桶も(芸術品)になっている。
 
籠細工は、編目の粗いものも細かいものもすばらしいの一言である。
 
大は、中に石を入れ堤防に使うもの「蛇寵」(じゃかご)から、小は、細く折りたたむ扇「扇子」に付けられ、「あまりにも精巧なので」本物と勘違いし、ついつい扇子から払いのけたく思ってしまうような模造のバッタや蜘、兜虫まである。
 
店屋や「職人」は同業のものが集まっている。
 
それで、ある長い町通りにはほとんど玩具屋しか見かけない「町がある」。
そこには、風車や水車、乗り物に乗った布製や陶製の動物、玩具の神様やそれが乗った玩具の車、羽子板や羽子板の羽根、ありとあらゆる玩具に似せた砂糖菓子、そしてありとあらゆる大きさの人形が売られている。
 
ほとんど床屋だけという小路、また鬘(かつら)、髷(まげ)、入れ毛やかもじを売る店「かもじ屋」だけが並ぶ短い通り「小路」もある。
 
ごわっとした黒い毛のかもじは、女性が器用に自分の髪と編み合わせて使う。
 
この近くの町通り「にある町」には簪(かんざし)屋がいっぱい並んでおり 飾りのない真鍮製や銀製の安価なものから、最低でも八円ないし、十二円もするような、鳥の群れや竹を細やかに彫り込んだ鼈甲製のものまで、あらゆる種類の簪が売られている。
 
数えてみたら何と一一七種もあった!
この通りではどんな髷にも向く硬い枕「木枕」も売られている。
 
ここからそんなに離れていないころには、主に下駄屋の並ぶ町通り「正しくは町」がある。
 
新潟では年に何千足もの下駄が製造されるのである。
 
紙でできた傘「唐傘」や菅笠、桐油合羽、行李や、人間や馬がはく草鞋、蓑や筵を売る店の並ぶ通り「正しくは町」もある。
 
さらには前方部を派手な朱の漆で塗った荷鞍を売る店が並ぶ通り「正しくは町」もある。
 
同一業種の店が八〜一○軒集まっている一方で、他の業種の店もそれなりに混じっている町通りも複数ある。
 
新潟は、ロンドンの商店や市で売られている、あの表面に凹凸のある漆器、つまり黒や朱の地に朱「朱漆」の鳥や竹や竹に交差する牡丹をあしらったお盆で有名である。

脚の付いた漆器の盆は「膳」と言われる食卓で家庭用に一〇脚一組で売られている。
 
茶碗やお櫃、杓子、枕「木枕」その他数え切れない家庭用品も売られている。
漆喰も作られている。         

このような漆器屋がある通りには神具や仏具を売る店もある。
その奥ではイザヤが述べたのと同様、ただの木の塊が細やかに仕上げられる全工程を見ることができる。
 
また家に祀るすべての神が揃っているが、その一つ、歯を見せて笑っている財宝の神大黒「大黒天」は見る者のすべてをひきつける。
 
大きさも千差万別で、「二・四メートル」もあるものから、金糸で縫いとった袋「お守り袋」に入れ、子供がお守りとして身につける「二・五センチ」のものまである。
 
このように小さくて精巧な造りのものを大人は着物の袖に入れている。
 
私もこのような小さなものを一つもっている。
観音の姿を表したものである。
黒っぽい材に精巧な細工を施した蓮のつぼみの形をした容物の蓋を外すと、女神の着衣立像とその台座が姿を現す。
 
頭に光輪、脇に金の笏を伴い、両手を胸のところで静かに合わせた姿は神々しい。
背からは別に一○組の手が伸びているが、その伸び方が絶妙なので奇怪な感じはまったくない。
 
顔の表情にも姿にも荘厳にして穏やかな感じがある。
台座を合わせても「一〇センチ」ほどだが これまで目にしてきた中でこれはどすばらしい木彫はない。
 
底知れぬ安らかさをたたえた釈迦立像が納まった寺院用の厨子や、釈迦の弟子たちの納まった厨子、家庭用の仏壇もある。
 
家庭用の仏壇といっても、大きさ、値段ともに千差万別で、青銅と金でできた二〇〇円もするものから、わずか「一円」の白木のものまである。
 
また、死後の名前である(戒名)を墨や金で書く位牌、青銅や美鈴の燭台や香炉、高さが「一・八メートル」もある真鍮製の蓮、金糸をぜしたくに織り込んだ須弥壇の布、太鼓、鈸、鐘や仏事で使われる実にさまざまな楽器もあるし、一部の宗派の仏事で複雑怪奇な象徴的表現として用いられる、多少とも手の込んだ品々も実に多くある。
 
大量に消費される香を売る店はこれとは別にある。 
     
男物の出来合いの着物や古着だけを売っている店も多い「太物星、古着屋」。
女物の着物は注文によって作られるか、自分で仕立てられるかのいずれかである。
この上なくひどい「再製毛」で作られた毛布や英国製羊毛製品を売っている店も何軒かあるし、近郷で生産され、主に(羽織)に用いられる薄手の続柄の絹布だけを売っている店「呉服店」もある。
 
また、三銭から四、五円のものまである扇子を売る店「扇屋」や、「掛物」と言われる掛軸、「巻物」と言われる絵巻や花の画集・屏風を売る店「羽織」を結ぶ絹製の紐を売る店、縮緬を売る店、さらに白地に紺の手拭を売る店もそれぞれ別々にある。
 
煙草道具しか売っていない店「煙管屋」の多いのにはびっくりする。
 
もっとも一五歳以上の男はすべて、また女もたいていは煙草を吸うので、数が多いのはびっくりするようなことではない。
 
男はすべて「着物の」帯のところに煙管と煙草入れを持ち歩いている。
 
さらに筆だけを売っている店や、墨と硯だけを売っている店、硯箱だけを売っている店もある。

女性のための文学 
村廻りの行商人「貸本屋」や田舎町に本を卸す大きな書籍商も復数ある。
 
今の日本には「英国にあるような」「純文学協会」がとても必要である。
 
いちぽん需要があるのが反道徳的な事柄をこれ以上詰め込めないほどに詰め込んだ本「好色本」であり、これがすべての階級の人々の道徳を堕落させているからである。
 
ある本屋の主人が私に語ってくれたところによると、在庫している大量の書物の八割は、たいていが下品な挿絵の入った小説「浮世草子」で、「官許を得た書物は二割にすぎない。
 
よほどの無学の家でもなければ持っており、私たちの家庭の『聖書』や『天路歴程』に当たる本が一体どんな本なのか知りたく思うであろう。

その中には女性のための書物が少しある。
 
「文庫」と総称される、『女大学』、『女小学』、『女重宝記』、『女今川』、『二十四孝』である。
 
『女大学』は中国の複数の古典に基づく女性の教訓書、『女小学』はその入門書、『女重宝記』は衣服・調度や客のもてなし、日常生活や行事に関わる細々したことについての教訓書、『二十四孝』は中国の二四人の模範的な子供の物語である。
 
これらの本は もし小さなローマン体活字で印刷すれば、全部合わせても『コーンヒル・マガジン』(1860年に英国で創刊された本)一冊分ほどの厚さにもなるまい。
 
これらの本を教えてくれた人の話によると、その多くには千年も前からの処世訓と教訓が盛り込まれ、「わが国「日本」の全女性」の教訓と作法の基になっており、女性の立ち居振舞いがきわめて類似しているのはそのためであるという。
 
そして娘たちはごく幼い頃からこれらの本を学び教え込まれる。
このように、結婚した後家庭でどのようなことをせねばならないのかについて、また起こりうるあらゆる状況にどう対処するのかについて周到にしつけられていることはわが国「英国」の娘たちの多くが経験する場当たり的なやり方に比べ、多くの点ではるかに賢明である。
 
日本の娘たちはどうすればよいのか一人一人よくわかっているのに対して、わが国の娘たちの多くは、それまでにしつけられてしなかった場面に偶然でくわしたり、生きていくための教訓を厳しい経験の中で学ばねはならないからである。

日本のすべての家で女性が読む、それも何度も何度も読んで覚えるまでになる本がもう一つある。
 
一〇〇人の歌人による一○○首の和歌を集めたこの本「百人一首」には、模範的な女性たちの暮らしや男女間の完壁な契りを結ぶための約束事、そのような契りの諸例、さらには娘として妻として母として知っておくとよい有益な知識や彩りとなる知識が盛り込まれている。

書物の値段は驚くほど安い。
日本では、版権を得るには著者が自分の著作六部の売値にあたる金を政府に払えばそれでよい。
 
本は板木を用い、絹のようにすべすべした紙に印刷される。
 
印刷されるのは外側「片面」だけで、そのあと二つ折にされる。
 
ただ、中の紙よりもずっと重くごわっとした紙質の表紙を用いた製本は実に巧みで、これまで見たことがないほどである。
 
また、手彩色の絵入り本だけは紋織や、金糸・銀糸を使った布張りの表紙で製本されており、もっとすばらしい。

英国の学術書  
驚くほど話し好きで、非常に知的な感じのするこの本屋の主人は、歴史・地理や日
本の植物を扱った和本の需要は昔ほどではありません、と話してくれた。
 
そして、植物に関する一つの書物を見せてくれた。
二つ折り判で、部厚い四つの帙(ちつ)に入ったこの書物には、すべての植物(四〇〇種を数える) の根、茎、葉、花そして種が描かれている。
 
この上なく丹精を込めた描写は植物学的に正確であり、色も驚くほど本物そっくりである。
 
非常に価値があり、興味を覚える書物である。
 
ここにはハクスリーやダーウィン、ハーバート・スペンサーの著作の一部の翻訳書も置いてあるが、主人の話だと上級の学校に行っている若者が買っていくとのことである。 
 
一番売れているのは『種の起原』だとのことである。
 
この主人は英国における書物の出版・販売について私にたくさん質問し、その際伊藤は通訳としての仕事を見事にこなした。
 
また宗教に関わる書物はここには何一つ置していなかった。

紙を売る店「紙屋」の数の多さは大変なものだが「火鉢」だけを売っている店もある。
 
その中には上等の青銅製のものもあり、非常に美しく、どれもが美術品として通用する趣を十分に備えている。
 
真鍮の火箸を売る店や、箸だけを売っている店もある。
 
箸にも、すばらしい若狭塗や象眼塗りの箸から使い捨てのありきたりの木の箸「割り箸」まである。

提灯屋は特に人目をひき、興味探いものの一つをなす。
 
提灯がどんなに幅広い用途に使われるのかは想像もつくまい。
 
提灯は日本らしさを代表するものの一つである。
 
祭には、それが宗教的な祭であろうとなかろうと、何百何千という提灯が不可欠である。
また、たいていの家や店では、夜になると外に提灯を点し、「宿屋」や茶屋・劇場では消えることがない。
 
道を歩く人や(車夫)は、白地に黒や朱色で自分の名を書いた提灯を必ずかざしている。
 
提灯には、神社にぶら下げられている長さが「三・〇~三・六メートル」直径が「〇・九~一・二メートル」もあるものから、通りを持ち歩く長さが「三〇センチ」、幅が「一○~一三センチ」しかない折畳み式のものまで、さまざまな大きさのものがある。
 
提灯には精巧で、よく工夫され、空想豊かなさまざまな意匠が凝らされており、美しいものが多い。
 
特に美しいのは日常使われるものである。

一般的には丸型だが、祭事に用いられる巨大な提灯は長方形や正方形をし、提灯というよりも動く透し絵のようであり、扇や魚のような形をしたものもある。
 
最も愛らしい提灯には、白地に家紋だけを朱で入れたものや、名前をてんしょ体で記した提灯もある。
 
ある店でこの値段を尋ねた結果、八銭のものから八円もするものまであることがわかった。
 
ほんのちょっとでも買いたいとは思うが、「荷物が増えるから」今は買うわけにはいかない。

「行灯」や鉄瓶、針箱(すべての日本女性が持つべき用具の中でも特に不可欠なもの)、台所用品を売る店「荒物屋」や、茶を売る店「葉茶屋」、「酒」を売る店「酒屋」のいずれもまた興味をひく。
 
しかし、魅力という点では ある通り「の町」の端から端まで並んでいる陶器屋には及ばない。
 
青磁の愛好家なら、その多様性や、一部のものの美しさ、とりわけ、魚を盛り付ける大皿に描かれた大胆な絵柄にはきっと圧倒される。
 
内地では至る所でこれを積んだ馬を見かけるし、これをまったく見ない路傍の茶屋
はほとんどない。
 
その中には非常に古いものもあり、買したい衝動に駆られたものだった。
内側に七福神が措かれている猪口には心を動かされる。
 
あらゆる種額の陶磁器で有名な日本ではあるが、大きさも形もさまざまな急須に優るものはない。
 
本物の日本製の急須には、中が空洞の柄と真っ直ぐの短い注ぎ口が直角に付いている。
 
「瀬戸物の」他には何も売っていない店「瀬戸物屋」もある。
 
縄と麻を売る店「麻苧屋」も非常に多い。

いんちき薬」 
食料品店の集まってい一角はいつも混雑しているが、わが国の大きな町のこのよ
うな一角とは達い、大声で値切る者はまったくいない。
 
米の団子「餅」や大麦で作った菓子を売っているみすぼらしい露天の菓子屋や、鰹の切り身や海鰻、鰈、海老、海星、烏賊を台の上いっぱいに並べた魚屋、干魚、米や穀類を売る商人「それぞれ乾物商、米屋、雑穀屋」、調味料・香辛料や醤油を売る商人も「味噌醤油屋」酒場、茶商などがひしめいている。
 
果物屋「青物屋・八百屋」では枇杷や李(どちらもとても酸っぱし)、新鮮な蕪、人参、胡瓜や大豆などの豆類が売られていて、朝早くから人が集まっている。
 
花屋では切り花や小さな枝物、鉢植えのすばらしい盆栽が、品よく並べられている。

胡瓜の消費量の多きにはちょっとびっくりする。
男も女も子供もだれもかもが胡瓜を食べる。
日に三、四本をまったく平気で食べる。
四銭も出せばかなり大きな籠にいっぱい買えるのである――。
 
ファイソン家の人々と私が毎回の食事で食べる本数を知ったら仰天すると思う!
次には、干した果物や砂糖漬けの果物を売る人や、玉子売り、店の表に座って縫い物の道具「絎台」(くけ)を使っている縫物師、綿打ち職、精米屋、機織、眼鏡師、針磨り、銅屋、薬草屋、両替屋、煙草刻み 摺師、薬種商、そして「いんちき薬」売りなどが目に入ってくる。
 
摺師の店には奇怪な作品「役者絵」ばかりが目立つ。
 
薬種商では朱の漢字が記された青磁や白磁のすてきな壷に各種の薬種を保管している。
 
「いんちき薬」売りは 黒地に金や朱の漢字をあしらった、長さが「〇・九~一・二メートル」もあるような目立つ看板を掲げている。

日本政府は国民の福利に対して保護者のように配慮しており、「いんちき薬」には特に目を光らせている。
 
薬の製造販売の許可を得るには、薬の性質と各成分の効能を詳しく書いたものを内務省会計局に提出せねばならない。
 
無認可で製造したり販売したりすると、重い罰金をかけられる。
また、製造認可を受けるには、薬種につき年「二円二三銭」払わねはならない。
 
さらに薬種商と売薬商は薬を売る免許を得るためにわずかながら金を納めねばならない。
農民は正規の医師が処方する薬よりも、このような薬「漢方薬」や寺社で売られてしる病気封じの護符に信鋲を寄せている。

多くの商品の出来栄えの見事さにはびっくりする。
しかも一部の商品の美しさは、見るからに粗末な設備しかない薄暗い部屋で生み出されるのである。
 
鉄や青銅の類いなく見事な鋳造品の一部もその例に漏れない。
 
一人の鋳物師が地べたの炉のそばに屈み込み、一人が一組の小さなふいごで火種に風を送りもう一人が高さ「三〇センチ」の鉄敷の上で「灼けた」鉄「や銅」を鎚で叩いて作るのである。

ただ、私は 部の旅行者が見境もなくほめちぎるのには従えない。
特に漆器に目立つのだが、けばけばしくて趣味の悪いものも多い。
 
綿織物にもマンチェスター製の派手な模様を下手にまねたものがある。
瀬戸物にも実に醜いものが多い。
また、絵「役者絵」は、奇怪さがしばしば誇張され、人の姿の表現にはほとんどの場合、調和が欠けている。
 
自然や自然界の存在物の表現はあまりに様式化されている。
簪(かんざし)のような装飾品の中には、けばけばしく品のないものがある。

店屋の話ばかりだったけれど、飽きなかったとしたらうれしい。
店屋を巡って旅に必要なものを探すのに大変な時間をかけてしまったが、そのおかげで、この地の人々がどんな好みや慣習をもち、何を必要としているかが店屋の様子からよくわかった。
 
私には、新潟の店屋に「日本の店屋の」典型を見ることができるように思えるが、もしそうだとすると高級品を扱う店がないか、高級品嗜好にふけるだけの資力をもつ客がいないかのいずれかである。