本日、慶應義塾高校にて行われたバトラー後藤裕子先生の講演会に参加させていただきました。

公演の中で、バトラー先生にはたくさんの興味深いお話をしていただきましたが、その中で特に印象に残ったお話は、AI は善、悪の二元論ではないという事で、仰られていた通り、どちらかではなくBeneficial であり harmful な存在であるというのはまさにその通りであると感じました。時代を経るにつれて教育の方法は変化し続け、初めは本、ラジオ、スクリーンのone to many からパソコンを用いる one to one 、その次にインターネットを使った peer to peer、そして現代の AI one to one というように技術が進歩するにつれ、教育環境も進歩していくというのはあまり考えたことがなかったため興味深かったです。現在の急激なAI技術の進歩に世界全体が追い付いておらず、各国でAIについての取り扱い方は全面的に受け入れる国もあれば、懐疑的な国までさまざまであるというのも仕方ないことであると感じました。

確かに、AIを使用することによってインプットが増えることや、即座にフィードバックがもらえるといった点で非常に便利である一方で、教育において一方通行にしかならないものはあまり学びにつながらなず、テレビを見るだけでは学ぶことができないのと同じように、相互のインタラクションが大事だというのは、とても納得できるお話でした。またコミュニケーションをとるときには言語を会すだけではなく、アイコンタクト、ジェスチャー、back channel behaviors なども切っても切り離せないものだと再確認できました。発言の奥底にある背景や意図をくみ取ることができるのはAI は不得意であり、それならば人を育てるうえでは人間の方が確かに適任だと感じました。

中盤では、AIがspeech recognition がいまだ不得意であるというお話の例として挙がっていた小学生とAIの会話で、つい子供に共感してしまいました。私自身似たような経験があり、そのたび諦めて別の話に切り替えるか、アプリを閉じることもしばしばでした。AIと学びたい言語で話ができるというのはとても画期的で、便利であると思ってしまいますが、AIは文脈や相手の気持ちを考えながらコミュニケーションをとることができない為、実際の人間と話すものとは全くの別物であり、バトラー先生が仰られていた通りまさに異文化コミュニケーションであると思って付き合っていくのがいいと実感しました。

AIにはデメリットが多々ありますが、AI教育現場から切り離しにするのではなく、AIの得意な分野を最大限利用していくのがいいというのはとても興味深く感じます。膨大な情報量の中から必要な情報を引き出してそれをクイズなどを作らせ、かみ砕いてAIを提供するといった方法などがAIとのうまい付き合い方だと感じました。

AIが日常に溶け込んでからというもの目まぐるしく進歩していき、その進歩に世界が追いつけていない中、試行錯誤して子供が正しく育つよう教育の道を確立しようとしていることに強く感動いたしました。本日はとても興味深い公演をしていただき誠にありがとうございました。(ko-hii)