◆保阪正康『田中角栄の昭和』を読み解く




★要旨


・田中角栄のもっとも大きな特性は、
その記憶力にある。


・田中のインタビュー記事、あるいは口述筆記した内容を検証していて驚かされるのは、
日時、場所、人名などが
すべて記憶のファイルにしまいこまれているかのようなのだ。


・40年前の出来事をスラスラと語る。


・日時、場所、人名などが縦横にでてくる。
まるで目の前に「現実」が浮かんでくるかのような話しぶりだ。
話の内容が微細な事実に及べば及ぶほど、
それは説得力をもっているかのように思える。


・田中のこういう記憶力を駆使した話法を解析してすぐに気づくことがある。
それは柳田国男や宮本常一のまとめた民俗学、
あるいは民俗誌、生活誌の書の中に登場する庶民の語り口ときわめて似ているという事実だ。


・記憶するというのではなく、生活の智恵を獲得することで現実社会を遊泳してきた者は特別の苦労もなく、
人名や日時などを覚えてしまうのだ。


・それを仲間うちで語り継ぐことによって、
しだいに記憶の中に刷り込まれていったのではないかと思えるのである。


・戦後の政党づくりは、
資金面に関しては政治家たちは無定見、無原則、無節操そのものであった。
現金があればいい、その出所は問わないというのである。


・社会党とて、その資金は旧華族の徳川義親の提供によって結成された。
田中もまた軍需で獲得した利益を還流させたのである。

 
・田中の証言には、このような事実や当時の背景が一切語られていない。
田中の話法は、むしろこうした構図を気づかせまいとしているかのように巧妙である。
徹底して自らの体験を麗句で飾るようにして語り継ぎ、
むしろ本質をはぐらかす一助として日時、場所などの細部が語られている。


・田中は、このようなテレビ受信機ブームを
演出した政治家としても家電業界に名をのこすことになる。


・田中が情報操作に「卓越した能力」を発揮する素地もこのときに固まった。
ここで私のいう「卓越した能力」とは、テレビ放送事業そのものを意のままに動かすという手法を
つくりあげたということでもある。


・郵政大臣を経験したあとの総選挙では、
田中は前回の5万5千票に3万票以上も上積みした8万6千票を集めた。


・10年余の代議士生活で、田中は選挙区内で支援者に、
ささやかな利益誘導から始まって、東京見物というお土産つきのバス旅行まで、
多くの利益を与えつづけたのだが、そのような目に見える形の利益に加えて、
新たに「庶民政治家」「実行力ある政治家」というイメージが加速度的にふり撒かれた。


★コメント
角さんの経済政策や金融政策はイマイチであったが、
組織の動かし方は、抜群であったようだ。

その点は、見習いたい。