◆後田良輔『昭和の仕事術。今こそ使える』を読む




「ビジネスマン30年生の経験が3分で身につく」


★要旨


・音読を侮らない。
脳が活性化し誤植しにくくなる。


・音読とは、
チェックしたい原稿を実際に声に出して読みながらチェックする方法のこと。


・誤植を防ぐのは、ビジネスの基本である。
音読を使って文字校正し信用を失わないようにしましょう。


・私たちのビジネスにもチームのために貢献する姿勢が必要です。


・毎日使うコピー機の用紙の補充する、
会議後に部屋をきれいに掃除する、
次の人のために行動している人がいる。


そんな人の所作は美しく、
またその影の行動に皆実は気づき、感謝しています。


・「日本一の下足番になってみろ。
そしたら誰も君を下足番にしておかぬ」
と小林一三は言った、


・食べ物と飲み物はわざと余るぐらい用意する。
食べ物と飲み物は多めに用意する。
満足感は会食の重要ポイントである。


・会食の基本はお招きしたお客様に満足してもらうこと、
つまりお腹いっぱいにさせるのが大原則である。
こちらが気を回してわざと余るぐらい用意するのが正解である。


・よく食べた 満足です、という言葉をお客さんから引き出そう。
満腹を意識することは会食の大原則である。


・生を見に行く。


・リアルな現場を見に行く。
すると新しいアイデアがひらめく、という効果がある。
スマホを捨てて街へ出よう。


・もしあなたが良いアイデアを生み出したいと願うなら、
生の現場を見に行くことが重要である。
映画、絵画、演劇、スポーツ、大自然や海外旅行など。


・そこにはネットやテレビでは 体験できない、リアルならではの息遣いが存在する。


・私が新人の頃仕事でミスをして、尻拭いで先輩が深夜まで付き合ってくれた先輩は言った。
「俺に恩返しする必要はない 。お前に後輩ができたら教えてやればいい」


・仕事は古い人から新しい人へ、上から下へ教えていくものである。
それにいちいち感謝する必要はない。
大切なのは大事なことをみんなで次の世代にきっちり伝えていくことである。


・社会人には目に見えないタスキが存在する。
駅伝のタスキのように思いをつないでいくことが大切である。


★コメント
貴重なノウハウが満載である。


 

 



 

 




◆茂木誠『西洋哲学入門』を読み解く


ジェイソンモーガンと共著


★要旨


・巨人ハイエクの『隷属への道』を日本人は知るべき。


・アダムスミスの自由主義経済学を受け継いだのが、
19世紀のデビッド・リカード
20世紀になるとフリードリヒ・ ハイエクです。


・ハイエクが有名になったのは、
『隷属への道』という本。
それまでは共産主義の体制とナチスのような右翼独裁体制は正反対の概念であって
ナチズムと戦い、自由を守るのは共産主義なのだ
という宣伝工作が続いてきた。


・ところがハイエクがすごいのは、
いやいや、ナチスも共産党も同じ独裁だろうと一刀両断したこと。


・ハンナ・アーレントと同じ 亡命ユダヤ人女性で
アメリカ人にものすごい影響を与えたのが、アイン・ランドです。
アイン・ランドの代表作は『水源』です。
天才建築が天才建築家が主人公。


・彼はものすごく
独創的な新しいスタイルの建物を作るのですが、
そこに群がってくる 利権目当ての人が、
大勢いて台無しにしてしまう大衆迎合の商業主義、
他人のものを ただコピーする連中と戦う建築家の話です。


・もう1つ
『肩をすくめるアトラス』という長編がある。


・金儲け主義の俗物たちによってアメリカという国が
このままではどんどん劣化していく、
と危惧した起業家や発明家がどっかの山奥にこもって自分たちの理想国家を作ろう という話。


★コメント
西洋哲学は、幅広い。
できるところから学びたい。


 

 



 

 



◆茂木誠『経済は世界史から学べ』を読み解く


★要旨


・本書は、経済をより深く理解するために、
歴史、つまり「物事の成り立ちから学ぶ」というアプローチをとったものだ。


・小国の集まりだったドイツは経済的に一体化していき、
プロイセン王国を中心に統一された。


・ちょうど冷戦が終わり、ソ連が崩壊した時期、
クリントン政権のゲーツCIA長官は、
「CIAの業務の4割、予算の3分の2を経済分野に充てる」と発言。
ソ連という最大の敵を失ったCIAは、情報収集と工作活動のメインターゲットに日本を選んだ。


・金融の歴史は、迫害された者の歴史でもある。
「いつでも逃げられる仕事」、それが金融業だった。


・農業と金融の意外な接点。
「持ち逃げできる資産」を蓄える必要があった。


・金融業者として活躍した民族として、
フェニキア人、ソグド人、アルメニア人、ユダヤ人、客家(ハッカ)がいる。
いずれも、強大な異民族の支配を長く受けた少数民族だ。
そのため課税対象になりやすい固定資産ではなく、持ち逃げできる金融資産を蓄え、
これを異民族に貸して、利子をとることで利益を上げた。


・現代にも影響力を持つアルメニア人。
アルメニア人は、トルコ東部、黒海とカスピ海の間に住む少数民族だ。
西欧諸国やアメリカでは、アルメニア人が一定の政治力を持っており、
無視できない存在である。


・客家は、移住先では山間部の貧しい地域に住むことを強いられたため、
農業ではなく商業金融活動に活路を見出し、「中国のユダヤ人」とも呼ばれている。
海外に移住した中国商人、華僑の多くは客家の出身。


・ピラミットを作った本当の意味。
ナイル河畔に立ち並ぶ巨大なピラミッドや神殿建設にも大量の人民が動員される。
これは王権の強大さを誇ると同時に、もう一つの大きな役割があった。
氾濫の期間、農作業ができない人民に仕事を与える失業対策、
治安対策としての公共事業でもあったことが、発掘調査により明らかになった。


・徴税権を手にした者が、天下をとる。
徴税権は権力そのもの。


・議会政治も経済学も財政問題から生まれた。


・リスクヘッジの名手、ロスチャイルド家に学ぶ。
ナポレオン戦争のときも、ロスチャイルド家は英仏に二股をかけて資産を守り、
ワーテルローの戦いでの英軍勝利の情報を握るや、
英国債を買いまくって莫大な利益を得ている。


★コメント
世界史は楽しい。
時の流れによってその出来事の評価が変わる。
そういうことは突き詰めていくと、興味が尽きない。



 

 

 

 




◆垂秀夫『力の時代を生き抜く、戦略的思考』を読み解く


垂さんは、
元駐中国大使で、現在は立命館大学教授。

★要旨

・1996年のことである。
私は北京にある日本大使館で一等書記官として情報収集の任務に当たっていた。
その頃、台湾で初の民主選挙による総統選挙が行われたことから、
第三次台湾海峡危機が発生した。


中国は台湾海峡にミサイルを撃ち込む一方、米国は空母群を台湾海峡に派遣した。


・まさに緊張した状況の中、東京の外務本省の中国課長から一本の電話が私にかかってきた。


「垂くん、台湾関連の情報をどんどんとってくれ、
ハシリュウ(橋本龍太郎首相)が台湾関連の情報を上げろとイライラしているんだ。
君の電報(報告書)は必ず首相に報告されるから」


この一本の電話で、私は俄然やる気を出し、
必死に台湾に関する情報をとった。


首相の生の声(インテリジェンス・サイクルにおける情報関心)が
現場の担当官に届いた瞬間であった。
ただ、こうした事例はきわめて稀である。


・このため、日本は情報収集自体はある程度できても、
それを「戦略の策定や修正」に活かす文化が弱いのである。


・2年ごとの異動が長期戦略を削っていく。


日本の官僚機構は、
およそ2年ごとにポストを異動させるローテーション人事を前提として設計されている。
しかも、異動先は往々にして局を超えて業務内容が大きく異なる分野を担当させるケースが多い。


これは人材の偏在を防ぎ、
組織全体としての柔軟性を確保するという点では一定の合理性があるが、
戦略的思考の観点から見れば致命的な弱点も抱えている。


・担当者が2、3年で交代する仕組みの下では、
1つの政策分野に長期的な視点から腰を据えて向き合うことが難しい。


前任者の残した資料や引き継ぎメモを基礎に業務は回るが、
長い時間をかけて築かれるべき信頼関係やネットワーク、相手国の内部事情への深い理解は、
担当者の異動とともに分散し希釈されてしまう。
また、ある特定分野についての知見・経験・人脈に基づいた発想も育たない。


・官僚機構は有能で献身的な個人を抱えながらも、
構造としては戦略的思考を生み出しにくい仕組みになっている。


★コメント
さまざまな制度の問題があるなか、
国家として生き残るヒントを見つけたい。


 

 



 

 


◆川田稔『陸軍作戦部長・田中新一』を読む


→サブタイトル
「なぜ参謀は対米開戦を叫んだのか?」


★要旨


・田中新一は、
太平洋戦争前後、参謀本部作戦部長を務め、
当時の日本において重要な役割を果たした。


彼は、開戦をもっとも強硬に主張し、
それを推進し、陸軍を動かしていった人物である。


・田中には有力な対抗者がいた。
一貫して日米開戦に慎重な姿勢をとっていた、
武藤章・陸軍省軍務局長である。
二人は、しばしば陸軍の戦略をめぐって激しく対立した。


・現在の我々からすると、
日米開戦を積極的に唱えた田中たちの論理、行動のほうが、
より理解するのが難しい、
大きな「謎」であるように思われる。


・田中新一は、もっとも強硬に対米開戦を唱えた。
しかも田中は同時に、対ソ戦を構想、関特演を実施した。
その「戦略」は今日の眼からは無謀なものに映る。


だが田中の残したメモからは、
彼が鋭い情勢分析を行っていたことも、うかがえる。


・田中が日米開戦を唱えるにいたった論理は、
田中の世界戦略が何を求めていたかを
さかのぼると、
「総力戦の時代をいかに生き残るか」
というテーマに行き着く。


それは、永田鉄山や石原莞爾ら陸軍のリーダーたちが
いち早く直面した問題だった。


・総力戦とは、
国家の軍事力、経済力、政治力、文化などを
すべてつぎ込む戦いである。


・石原と対立した際、
田中は、武藤と協力して石原の更迭を実行した。
しかし、関東軍での上司だった石原の構想に
惹かれるところも残っていた。


田中は石原の考え方から、
世界最終戦論、対米持久戦の方法、航空機の重視、
対ソ戦備の充実など多くの観点を受け継いだ。


・結局、ガダルカナル問題が、
戦略家田中新一の命運を決したといえる。
田中は、作戦部長を辞職。
南方軍総司令部付に転出した。


・こうして、田中は陸軍中央を離れた。
その後の陸軍には、田中のような世界的視野から
戦略構想を立てうる幕僚は現れなかった。


・開戦前、田中ら参謀本部作戦部は、
こう考えていた。


初期作戦において東アジア、東南アジアにおける
敵側の軍事的根拠地を破砕占拠する。


その後の持久戦段階においては、満州、中国、
南方資源地域を確保することによって、
長期自給自足態勢を実現する。


また、イギリス本土と東南アジア、オーストラリア、
インド洋の交通路を遮断し、
イギリスの物資補給に打撃を与え、
その抗戦力を漸減させる。


★コメント
やはり、歴史は複雑に絡み合っている。
単純に結論を出してはならない。


 

 



 

 




◆廣瀬陽子『狭間国家の地政学』を読み解く


★要旨


・ロシアへの依存と離反、そして資源を武器にした強気な外交など、三者三様の「複線化」戦略から非大国の生存術を分析する。


・ロシア依存の絶望から離反を試みるのが、アルメニア。

 
・アルメニアは旧ソ連諸国の中で最も国土が小さく、経済規模も小さい。


陸封国であり、国境の8割が長年敵国であったトルコとアゼルバイジャンに接しているため、
経済や安全保障での自立が難しく、
安全保障とエネルギー問題で完全にロシアに依存してきた歴史がある。


・2020年の第2次ナゴルノ・カラバフ戦争、
そして2023年のアゼルバイジャンによるナゴルノ・カラバフ全域の掌握に際し、
安全保障の後ろ盾であったはずのロシアはアルメニアが期待したような支援を行わなかったからだ。

 
・これを機にアルメニアはロシア離れを加速させ、2025年8月には米国のトランプ大統領の仲介により、
長年の敵であるアゼルバイジャンとの歴史的な和平に合意した。


・南コーカサス三国の中で地政学的に恵まれ、
近年では別格の存在になったのがアゼルバイジャンである。


ロシアから完全に自立し、2024年の航空機墜落事故(ロシアの防空システムによる誤射)をめぐっては、
プーチン大統領に明確な謝罪と補償を求めて実現させた。
旧ソ連諸国の大統領であれば煮え湯を飲まされるのが普通だが、
プーチンに頭を下げさせた事例は極めて稀有である。

→ 
この強気を支えているのが、カスピ海に眠る豊富な石油と天然ガスだ。


・経済が強くなったことで外交は多角化し、
2020年の戦争ではトルコやイスラエルの最新型ドローン兵器などを導入して勝利を収めた。


アゼルバイジャンは、資源をテコに複数の輸出先を確保し、
大国間の競争を利用して生き残りを図るバランス外交に見事に成功している。


・これらの国々の事例は、
単一の大国に過度に依存することの危険性と、
複数の「回線」を並行して維持・管理する「複線化」の重要性を教えてくれる。


・物流回線やエネルギー回線の設計は、単なる経済インフラの問題ではなく、
抑止と兵站に直結する安全保障の問題である。


そして、安全保障の空白は必ず他国の回線で埋められるという厳しい現実を、
大国の狭間に生きる日本も決して他人事としてではなく直視しなければならない。


★コメント
これらの国々から、学ぶ点は多い。


 

 



 

 


◆迫水久常『機関銃下の首相官邸』を読む


→サブタイトル
「二二六事件から終戦まで」


迫水久常は、大蔵省出身。
岡田啓介内閣の首相秘書官や、
終戦を決めた、鈴木貫太郎内閣の内閣書記官長(現在の官房長官)を
務めた。



★要旨


・永田町の首相官邸は、
できてから今日まで2度、
日本軍の機関銃によって撃たれている。
2・26事件のときと、終戦のときである。


昭和天皇の積極的なご意思の表明によって、
国の方針が決まったことも2度しかない。
それがまた、226事件と終戦のときだ。


・蜂起した部隊をどう扱うか、
軍首脳部が決めかねていたとき、
陛下が叛乱軍として鎮圧すべき旨をお示しになった。
あとは、
終戦の御聖断をお下しになったときだ。


・私の家系は旧薩摩藩主島津家の支流で、
その重臣の家柄であり、
私の子供のころ私の家には、
古い「さむらい」の家風が強く残っていた。


・私たちは、5・15事件以後、
世相の動きから見て、軍と右翼の結びつきによって
何事かがおこらねばよいがと、
いつも心配していた。


・岡田首相は、軍部の乱脈な状況を深憂して、
林陸相に善処を要請した。


・新宿の宝亭や銀座のあるカフェが
青年将校の溜り場であることを知っていて、
人を介して女給に情報の提供を頼んだこともある。


・私たちは、首相官邸の警戒体制を
強化するとともに、
岡田首相の身辺警護を厳重にした。


・岡田内閣の総辞職によって、
私は、ふたたび大蔵省にかえって、
理財局国庫課事務官の席を与えられた。


・昭和20年4月5日の夜、
海軍大将、枢密院議長鈴木貫太郎男爵に、
小磯内閣の後継として、内閣組織の大命が下った。


・その翌朝10時ごろ、私は平常通り出勤して、
大蔵省銀行保険局長室にいると、
岡田啓介大将から電話がかかった。


「私はいま、鈴木大将の組閣本部にきているのだが、
だれも内閣組織の手伝いができる者が周囲にいないから、
君はすぐここにきて手伝いをしてほしい」
というのである。


私は内心すこぶるためらったが、
岳父の非常に強い要請についに負けて、
小石川丸山町の鈴木大将自邸の組閣本部に入って、
組閣のお手伝いをはじめた。


・4月7日に、鈴木内閣が成立した。
すなわち終戦内閣である。
わたしはそのまま内閣書記官長(いまの官房長官)になるようにとの
お話によって、いかにと思った。
岡田大将が、鈴木首相に戦争をやめてもらわねばと思っていて、
これには大いに手伝うが、お前は自分の身代わりとなって
内閣の中にあって、鈴木首相を助けるようにと
強く要望するので、決心して就任した。


・組閣は、まず陸軍大臣として阿南惟幾大将、
海軍大将として米内光政大将を定めることに成功した。
この組閣進行中、総理からは一言も戦争の終結ということに
ついてはお話になかった。


しかし、総理は当時の心境を
「終戦の表情」という冊子に次のようにまとめている。


「すみやかに大局の決した戦争を終結」
との思召しと拝された。
もちろんこの思召しを直接陛下が口にされたのではない。
しかしそれは陛下に対する余の以心伝心として、
みずから確信したところである。(鈴木貫太郎)


・私は、もちろん、
総理のこの心事をひそかに心得ていたので
閣僚の人選も、観念的な考え方にゆとりのない人をさけ、
配慮しながら、それぞれ2、3人ずつ候補者を
提示するように心掛けた。


・私の古い米国人の友人である、
マックスウェル・クライマンが、
終戦後まもなく陸軍大尉として来日したとき、

「自分がインドのカルカッタにいたとき、
日本で鈴木新内閣がせいりつして、鈴木大将が総理で、
君が内閣書記官長となったことを知ったので、
ニューヨークにいた元駐日大使館参事官だった、
ドウマンの許に手紙を書いて、
『必ず戦争は半年内におわる。それに対して自分は賭けてもよい』
といってやった」

といっていたのを聞いて、
私はかえって米国人のなかに知己を得た感じであった。


・1945年5月7日、ついにベルリンが陥落、
これによって欧州における戦争は終わりを告げた。
しかもソ連は、ベルリン陥落後、
その軍隊を復員することなく、西欧にある軍隊を、
どしどしソ満国境に集結する形勢を示した。


当時、日本政府、軍部ともヤルタ会談の内容については
なんら情報を獲得していなかったが、
ソ連の意図は容易に推定されるところであった。


しかも諜報によって、
このソ連軍の国境終結は、9月末までには完了し、
それ以後は、何時でも満州に侵攻しうる態勢を
整備しうるものと判断されたのである。


・これよりさき、鈴木総理は、
組閣後早々、わたしに真実の国力が
どのくらいあるのか、調査すべき旨の
命令を下された。
国力、つまり戦争遂行能力だ。


・極秘の綿密な調査の結果、
国内の生産がどうやら組織的にうんえいできるのは、
同年の9月を限度とするものと認められた。


・このような状況下において、鈴木総理は、
内心すみやかに終戦に向かって
手を打つべきことの決心を固められた。
しかし、決して外部に向かって、
その決心を披瀝されなかった。


これは、鈴木総理が、
「大国を治むるは、小さい魚を煮るようなものだ」
という固い信条に基づいたものであって、
軽率に終戦を口にすることは、
いたずらに軍部を刺激するばかりで、
決して策を得たものではないと
考えておられたからである。


・総理のこの態度は、終戦を考える者にとっては、
まことにあきたらぬものであって、
なかには、総理の心事を疑う者もあったことは事実である。


しかし、総理はだんだんに手を打たれたのである。
その第一が六巨頭の会談である。


・8月14日、御前会議により、
御聖断が下された。


なおこの日この御前会議に先立ち、
天皇陛下は、
杉山元、畑俊六、永野修身の三元帥をお召しになり、
終戦のご決意を伝え、
陸海軍が服従するよう、
両大臣および両総長に協力すべき旨のご命令があり、
三元帥は、謹んで陛下の御意思に副うよう粉骨砕身すべきことを誓った。


★コメント
歴史を詳細に分析することにより、
現代の生き方の参考にすることができる。
大きな学びあり。


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◆藤原正彦『日本人の誇り』
◆北村滋『情報と国家』

◆平野秀樹『サイレント国土買収』
◆安田峰俊『和僑。中国の夕闇に住む日本人』
◆宮本雅史『爆買いされる日本の領土』

◆兼原信克『戦略外交原論』
◆佐々木類『シュミレーション日本略奪』
◆室橋裕和『絶品メシとリアル日本。エスニック国道354号線』

◆谷本真由美『激安ニッポン』
◆島田洋一『世界は利権で動いている』
◆藤原正彦『国家の品格』


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以上。


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★金額
5,000円(PDF版のみ)


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★小冊子『国際政治の研究』目次と内容★


◆『地政学で読み解く世界情勢』
◆奥山真司『悪の論理で世界は動く』
◆『南シナ海紛争:なぜ習近平はアメリカと近隣諸国を敵に回すのか』

◆『地政学・超入門:世界史と地図で学ぶ国際情勢』
◆曽村保信『地政学入門』
◆倉前盛通『悪の論理:地政学。日本のゲオポリティク』

◆菅沼光弘『地政学が教えるこの国の針路』
◆ケント・カルダー『米軍再編の政治学:駐留米軍と海外基地のゆくえ』
◆カプラン『南シナ海・中国海洋覇権の野望』


◆黒川祐次『物語・ウクライナの歴史、ヨーロッパ最後の大国』
◆ルトワック『自滅する中国:なぜ世界帝国になれないのか』
◆ダンビサ・モヨ『すべての富を中国が独り占めする』
◆ウォルト『米国世界戦略の核心』

◆コリン・グレイ『進化する地政学:陸、海、空そして宇宙』
◆『日本の敵:よみがえる民族主義に備えよ』
◆石津朋之『大戦略の哲人たち』

◆『世界経済の支配構造が崩壊する』
◆フリードマン『100年予測』
◆『君に、世界との戦い方を教えよう』
◆『世界のエリートは、なぜ歩きながら本を読むのか』

◆『日本人が知らない世界と日本の見方』
◆『国際メディア情報戦。グローバルな世論を味方につけろ』
◆クラウディ『スパイの歴史』

◆『日米開戦への道。知られざる国際情報戦』
◆『1991年・日本の敗北
◆菅沼光弘『サバイバル・インテリジェンス』
◆『この世界でいま本当に起きていること』
◆『この国を守るために何が必要なのか』

◆『共産主義の誤謬』
◆『国際調停の修羅場』
◆『アジア戦争も探る英国王室とハプスブルク家』

◆『外交プロに学ぶ修羅場の交渉術』
◆『日本人と中国人はなぜ水と油なのか』
◆『経済は世界史から学べ』
◆『概説イギリス史』
◆『ロスチャイルド家、ユダヤ国際財閥の興亡』


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◆松島芳彦『スパイたちの百年戦争。上』を読む


→サブタイトル
「東西の熾烈な諜報活動」

カルダー・ウォルトン著。
松島芳彦、訳。



★要旨


・諜報の世界では、しばしば事実は小説より奇である。


・ラインハルト・ゲーレンは、
西側の諜報機関にとって貴重な存在となった。


・ゲーレンは、
ヒトラーのもとにあって、東部戦線の諜報責任者だった。


彼は、第三帝国とソビエトとの戦争が、
来たるべき東西の衝突の一部にすぎないことを理解していた。


・1946年にかけて
連合国の手中にあったゲーレンはたびたび、
アメリカの諜報機関に自ら進んで協力した。


ゲーレン機関は、ソ連に関する膨大な情報を
アメリカ軍に提供した。


・イギリスにとって香港は、
アジアでもっとも重要な前進基地だった。
CIA極東部長、ラッセル・スミスによると、
「香港はアメリカの中国監視塔となった」


・朝鮮戦争が始まり、
アメリカのシギントにとって
香港の戦略的な重要性は飛躍的に増した。


アメリカは、香港にあるイギリスのシギント基地に
膨大な資源をつぎ込んだ。


・シギントには、地理が絡んだ。
戦後の西側シギントにとって、
大英帝国の遺産は、死活的に重要であった。


イギリスが地球の至る所に保有する不動産は、
ソ連と共産主義化した中国による短波、高周波、
長距離無線を傍受するために戦略的な価値を有した。


・大戦後に、イギリスの軍事力は低下したが、
世界各地のシギント網は健在であった。


アメリカにとって不可欠の存在になることが、
戦後イギリスの基本戦略であった。
情報力、
とりわけシギントは、ロンドンの切り札となった。


・クレムリンが大戦中に西側に仕掛けた諜報戦は、
熾烈を極めた。
対照的に、1945年当時のイギリスとアメリカは、
スターリンのもくろみに関して、
確かな情報を持ち合わせていなかった。


・1942年6月、ルーズベルト大統領は、
戦略諜報局(OSS)を設立して
「荒くれ」のビル・ドノバンを長官に任命した。
アメリカは、初めて、対外諜報と破壊工作を担う、
本格的な組織を立ち上げた。


OSSを批判するのは簡単だが、
ほかの戦争当時国と異なり、
ドノバンが諜報機関を一から立ち上げなければならなかった事実に
留意いなければならない。


OSSは、ゆくゆく1万3000人の大所帯となる。


・OSSは、冒険好きな人々、
アメリカ支配層の子弟、映画俳優を惹きつけた。
際限なく続くかのようなカクテルパーティーの陰で、
OSSは重要な情報を収集していた。


★コメント
諜報の歴史から、多くのことを学びたい。
そして本質をつかみたい。