◆橋本大也『英語は10000時間でモノになる』を読む


→「ハードワークで挫折しない、日本語断ちの実践法」


橋本さんは、ビッグデータと人工知能の会社を創業。
翻訳者、英検1級所持。
デジタルハリウッド大学教授。


★要旨


・「なんとなくわかる」で
終わらせることが、リスニング上達の秘訣なり。


意味や意図が、おおまかに理解できたら聴けたことにしましょう。
大量のいろいろな素材に触れることが大事。


・アマゾンオーディブルで、
英語漬けになろう。
英語で何かを学ぶことは、英語上達の近道だ。
大学レベルの講義も、オーディブルで聴ける。


・スウェーデン語の「ハリーポッター」を
シャドーイングするのが効果的である。
劇薬シャドーイングだ。
難しい。
しかし、英語ではない言語でシャドーイングすることで、
聴いたまま再現することの重要性が学べる。


・有名な文章の一節を覚えると、スピーチに役立つ。
会話に混ぜてみると、ユーモラスで知的な英会話になる。


・話す力をつけるには、読んだり聴いたりしながら
話すのが上達の近道なり。
大量のインプットを浴びると、
口に出した言葉につながる言葉が
連なって出てくるようになる。


・私は、英会話の学校で、
公式テキストはあまりやらず、
ひたすら今読んでいる本について講師に話し、
書評を朗読し、フィードバックをもらう、
というスタイルを続けた。


・中級者、上級者になっても、
テキトーさというのは、上達の肝である。
とりあえず、テキトーに話し始める。


・薄い紙を1枚ずつ重ねていくように、
英語漬けを継続していく。


ポイントは、
1、わからなくても先に進んでいい。

2、興味のあることだけに取り組む。

3、日本語を封印する時間を増やす。


・洋書の書評執筆は、英語の上達に非常に効果がある。


じつは、書評はかんたんに作文できる。


・究極で最高の方法は、
ネイティブスピーカーに辞書になってもらうこと。


わからない単語をネイティブの先生に聞いて、
教えてもらう。
会話の中で言葉を身につけられる。


・「語彙のドーピング」が、最強の英語ハックなり。


・小説を読むと語彙と文法が、自然と身に付く。


・英語の勉強をやめる。


その代わり、英語で本を読んだり、
つぶやいたり、ドラマを見たり、
ノートを取ったりするだけでよい。


・英語の上達は、直線状ではなく、階段状である。
「耳栓がとれたように、英語が聴こえるようになった」
という体験談を見かけるが、
あれは誇張ではなく、本当だ。


ブレイクスルーは、読む、書く、話す能力にも起こる。
大量に本を読んでいると、
突然言葉がすらすら出てくる瞬間がある。
文字が目に飛び込んでくるようになる。


★コメント
おもしろい。
すぐに英語の本を読みたくなった。



 

 

 

 


◆清水康一朗『絆徳経営のすすめ』を読む(その2)


→「100年続く一流企業は、なぜ絆と徳を大切にするのか」


★要旨


・働く幸せを実感する従業員が多いほど、
会社は長く続く。


・自然環境、日本、そして世界にも、
良いことして絆を結ぶ。


大事なのは、
本気で社会との絆を大切にしようとする意識を持つこと。


・社会に暮らす人々こそ、
潜在顧客であり、未来の見込顧客なり。
地域活動を通じて、絆を結ぶ。


神社仏閣への寄進やボランティアで、
地域社会と絆を結ぶ。


・現代社会では、「会議」こそが富を生む。


人が集まる場でコミュニケーションをとって
情報を共有すること自体が、
富を生む時代になったのだ。


・先輩が後輩を育てる仕組みが、
成長を加速させ、組織の絆を強くする。
人は教えることで、最も学ぶことができる。


・もともと日本人は、
お金より心をつかむ商売が、大得意である。
いくら商品や理念が素晴らしくても、
感動がなければ、絆は深まらない。


・「その人はどんな人で、何を求めているのか」
これがすべての企画とビジネスの出発点なり。


・部下の意識を変えたければ、
自分の「身体、焦点、言葉」を変えなさい。


呼吸をゆっくりしたり、背筋を伸ばしたり、
にこやかな表情を浮かべる。


焦点は、さまざまな事象のどこに焦点を置くかということ。
部下の長所と短所のどちらに注目すべきか。


言葉を変えるとは、
悪口を言わず、嘘をつかず、
自分の口から出る言葉をポジティブにする。
日ごろから「ありがとう」という言葉を使う。
すると自然と感謝できるようになる。


・トップが社員の幸せを願えば、
組織は上手くいく。


絆徳経営を実践すると、
顧客も社員も、社会も幸せになる。


・日本人が大事にしてきた和の精神で「絆」を結び、
理念と経営合理性を両立する。
わたしはそれを「絆徳(ばんとく)経営」と呼んでいる。


相手によいことをすれば、
ずっと一緒にいられる。


・これからの最強の資産は「絆」である。


★コメント
どんどんメモしたくなる言葉にあふれている。


 

 



 

 





 

 



 

 



◆清水康一朗『一瞬で自分を変える言葉』を読み解く


→「アンソニー・ロビンス名言集」



★要旨


・力強いビジョンを想像せよ。
とにかく、ペンを動かして、書き続けよ。


・考えたことは、言語化しないと定着しない。
あなたは、そのビジョンをなぜ達成したいのか?


・収入を増やすことは、簡単なことだ。
あなたの価値を高めればよい。


価値を引き上げるには、
「人ができないこと」「したくないこと」に
着目すればいい。


あなたや、あなたの会社の価値を10倍から15倍、
引き上げる方法を発見したら、
収入を増やすのは、ごく簡単なことだ。


・生きることの極意は、与えること。


どんな人間関係であれ、まずは与えること。
そして、与え続けること。
それこそが、基本原則である。


多くの人は、まずは自分が受け取ることを考える。
本当は、与えることから始めるべき。
そこに損得勘定を挟んではならない。


意義ある人生を送りたいなら、
自分という土に種をまき、育むのだ。
結果的にあなたは、いずれ大きな収穫を得る。


・相手が求めるものを与え、与え続けることで、
相手をあなたの熱狂的なファンにしてしまおう。


・同調力を高めよ。
ラポール構築の秘訣は、柔軟性にあり。


・相手の見ている世界に、
自分の見ている世界を合わせよ。


自分の見ている世界を翻訳して、
相手が共有できる世界に変えてみる。


・まずは、ラポールを築け。
共通点がコミュニケーションの鍵だ。


ラポールとは、いわば「心の架け橋」である。


・壁を乗り越えなければ、トンネルを掘れ。
行動をやめるな。


人間の精神力は、不屈である。
周囲の環境に言い訳を探してはいけない。


・すぐ動け。
最高のアスリートは、靴を履いてからは考えない。


何度も止まりながらも、
少しずつでも、目的地を目指して、進むからゴールできるのだ。
まずは、やってみよう。
一歩ずつ前進していくのだ。


・大きな目標を設定せよ。
それが大きすぎる、ということは決してない。


自分が自分に期待すればいい。


★コメント
一行一行が、心に沁みる。

明日から行動できる。



 

 



 

 




 

 

 

 


◆奥山真司さん新刊『地図で見る地政学リスク10。ルートと世界経済』に注目します。


「あらゆるビジネスに結びつく」


★ポイント

・世界のさまざまな「地政学リスク」について、
歴史的な背景や国同士の関係性の変遷と現状、
地理的な要点、ビジネスとの関わりなどを詳しく解説します。
特に、地図上の国と国を結ぶルート上のリスクを紹介。

<掲載想定要素>

・歴史的な経緯
・国同士の関係性の変遷と現状
・地理的な要点
・世界と日本への影響
・ビジネスとの関わり


★著者について
奥山真司(おくやま・まさし)
戦略学・地政学者。
戦略学博士(Ph.D. Strategic Studies)。
多摩大学大学院客員教授。
拓殖大学大学院非常勤講師など。

国際地政学研究所上席研究員。
戦略研究学会編 集委員。

日本クラウゼヴィッツ学会理事。
カナダ・ブリティッシュコロンビア大学を卒業、
英国レディング大学で修士号と博士号を取得。


 

 



 

 

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◆鮎川義介『私の履歴書』を読み解く


★要旨


・いま一つ、私の著書について述べることを許されたい。
昭和12年、わたしは、実業之日本社から
『物の見方、考え方』という本を出版、
ベストセラーになった。


本が売れたことよりも、
この本を出した動機が忘れられない。


昭和9年ごろから、
満州行きを決心するころまで、
日産は、金融上、行き詰った。


この資金繰りに苦しんでいた時、
夜業を重ねて、自らの信念を書き上げたのである。
それは精神的の苦悶から脱する一つの手段としてであった。


このメモが堆積していたところ
隅々出版社から、私の事業哲学の公刊を薦められた。
そこでこれを種にしてできたのが、
この本『物の見方、考え方』であった。


もう30年近くなるが、
久留米餅のように、
いつまでも使える本だと思っている。


・私たちの目の黒い間でさえ、
身辺の事柄が新聞雑誌に誤り伝えられるという世相、
それは誰しもが経験しているものと思う。


・私の大叔父にあたる、明治の元勲、井上馨侯爵についても、
海音寺潮五郎は、候を『悪人列伝第4巻』におさめ、
司馬遼太郎は、
「貪官汚吏の巨魁として悪名を残した」
と記している。


私は少年期から、井上候の謦咳に接し、
壮年期には、しばらく候の身近に暮らして、
親しくその薫陶を受けた人間で、
その間の真相を見聞している私としては、
公平に批判して、井上さんは不正のできる人ではない、
むしろ律儀な正直者の親分、
といった方が当たっていると思う。


・あの時代の立身出世は、
国家や社会をよくするには、
まず一家からはじめなければならない、
という美徳の代名詞となっていた。


幸いわれわれは、元老・井上馨という良き指導者に恵まれた。
なかんずく井上候の
育英の面についての力の入れ方は、抜群であった。


わけても親類であった私は、
自然にその恩沢に俗する機会が多かったといってもよい。


・井上候は、山口への帰郷のつど、
郷里の子供たちを旅館に招集することを忘れなかった。
そして若者を前に、
滔々と天下の形勢を説かれるのが、常であった。


★コメント
鮎川さんと井上さんの関係を深堀していきたい。


 

 



 

 







◆堀雅昭『鮎川義介。日産コンツェルンを作った男』を読み解く


★要旨


・鮎川義介の人生は、絶えず挑戦だった。


西洋列強との対決路線の延長上に、
井上馨が開国日本に用意した財閥資本主義を民主化し、
中間層をより豊かにした。


若き日に私淑したアメリカの製鉄王カーネギーや、
ゲーリーの経営哲学の転写ともいえる産業ユートピア構想が、
日産コンツェルンとして結実した。


・戦争景気だけで支えられる製鉄業に、
鮎川は得体のしれない不安を感じていた。


・久原房之助は、USスチールのゲーリー社長と会うために、
渡米した。
同席した鮎川は、別の意味でゲーリーから強い刺激を受けた。


特に興味を持ったのは、
1901年にUSスチール会社を再建した経験談だった。
トラストによって企業を更生させる方策を
ゲーリーから直伝されたのだ。
トラストとは、同一業種で複数の企業が、
資本結合で合併することを指す。


ゲーリーは語った。
「私は倒産会社や睡眠会社、半死半生の会社を幾十となく集めたのである」


・日本産業の主要事業は、
久原から引き継いだ日立製作所と日本鉱業だったっため、
日産コンツェルンは、久原鮎川財閥とも呼ばれた。


・鮎川義介の思想や哲学を自ら語った最初の著作は、
昭和12年に出版した、
『物の見方考え方』であろう。


鮎川は、この本について、自虐的でコミカルな言葉で
こう語っている。
「もう一生涯こんな著述はしないよ。
お蔭で事業が2つも遅れてしまった」


・『物の見方考え方』には、
企業家を超える深遠な哲学が刻印されていた。


・鮎川は、日米戦争回避工作を続けていたが、
戦争回避は成功せず、敗戦を迎えた。
鮎川は、満州時代からの親友・岸信介と巣鴨プリズンに収監された。


皮肉にも日本産業(日産コンツェルン)も財閥解体の標的になるが、
その後、
鮎川と岸が戦後復興の中心人物として
ドラマチックに返り咲くのが、運の強さである。


巣鴨を出た昭和22年、鮎川はすでに67歳だったが、
囚人生活中に考えた、3つの戦後復興プランを
ふたたび実践していく。


★コメント
鮎川さんの波乱万丈の人生を辿りたい。


 

 



 

 




◆木崎伸也『サッカーと地政学』を読み解く


ゴールの先に世界が見える。


★要旨


・2022年W杯で
日本代表がドイツを倒したあの瞬間、
日本のサッカーは新たなステージに突入した。


・だが、歓喜を生み出したのは、ピッチに立っていた11人だけではない。


リザーブメンバーや監督、
スタッフ、
そして数十年にわたり環境を整えてきたサッカー関係者たちの努力の結晶だった。


さらにその奥には、国、企業、国際政治、育成システム、移民政策といった見えない『力』が働いていた。
実はその正体こそ、この本のテーマである地政学だ。


・サッカーは世界で最も動員力を持つスポーツだ。
観客動員数、視聴者数、経済規模、文化的影響力、
そのどれもが桁違い。


だからこそ、世界ではそれが外交カードであり産業であり、
ときに国の運命すら左右するのだ。


・「セレソン」の名で知られるブラジル代表は
国のブランドそのものを押し上げ、
カタールやサウジアラビアは
イメージアップと石油依存脱却のために
サッカーに膨大な資金を投じている。


・現在、日本代表はドイツやスペインを破り、
優秀な選手が続々と欧州のクラブで活躍している。


その裏には、Jリーグ誕生、W杯招致、アジアの競争力、
移民受け入れ、
国内リーグ改革といった「見えない地政学」が確かに存在する。


・ピッチの外で国と国がせめぎ合い、
そこで動いた力がピッチに影を落とす。


サッカーは世界を映す地図であり、地政学はその地図の読み方だ。


・ボールが動けば、世界が動く。
ひとつのゴールが国の空気を変えることさえある。


★コメント
サッカーが盛り上がっている。
注目したい。


 

 



 

 




◆中西輝政『日本人のこころとかたち』を読み解く


文明史の立場から


★要旨


・実は日本人も、
イギリス人に劣らず歴史好きな国民だ。


・しかしその「需要」に対し、真剣な対応がなされてこなかったのではないか。
問題は、日本でいう「歴史観」以前のところにあるように思う。
人はなぜ歴史を読もうとするのか。


・それはまず第一に、
歴史は面白いからであり、
第二に現在只今の我々にも深く関わることを考えたいからであろう。


・第一に、
歴史は「大きくつかむ」ことが何より重要だ、ということである。
もちろん、ときには「重箱の隅をつつく」と言われようと、
細部にこだわることが大切な場合もある。


・私は文明史の立場から、
歴史を見るとき最も確かな視点は、
やはり「人間」という視点だと思うのである。


・中華王朝の官職を受け取らず、
印を受け取らず、暦を受け取らない。


以後千年あまりにわたって続く、
中華国際秩序から政治的に独立した日本の「外交のかたち」は、
聖徳太子によって完成したのです。


・アメリカを知るためにイギリスを知る。


・戦後すぐの時期、日本の一部にはやはり、
明治・大正期の日英関係の歴史的記憶のなかから、
アメリカに対するときの「最期の矜持」の一かけらを拾い直そうとする人々がいたようです。


吉田茂は、そうした日本人のギリギリの意地を、
「英国趣味」という一つの拠り方によって、
知恵と品性をもって示そうとした典型的事例といえるのではないでしょうか。


・過去数百年にわたり、アングロ・サクソン諸国では、革命や政治的激変が一度も生じなかった、
という画期的な事実が一層重要なのです。
その理由はいろいろとありますが、大きな点は権力の腐敗の度合が、
他の国々に比べ、著しく低かったからです。


官僚に権力が集中している、ということ自体がこれらの国々では
「腐敗の構造」と考えられました。


・英米文化圏の国民性が際立って「倫理的」であったからというわけではありません。
権力の分散などの様々な工夫によって、
腐敗を防ぐ「手立て」の大切さを痛感してきたからなのです。


またその底には「腐敗が道徳的に許せないから」
というよりも、
「腐敗を放置すれば、国家の衰退を招き、下手をすれば革命や体制の転覆につながる」という、
政治腐敗のもつ「こわさ」への鋭い認識があったからだといえるでしょう。


実際、その「こわさ」は古今の歴史をいちべつすれば枚挙にいとまがありません。
アングロ・サクソン文化はそれを知っていたのです。


★コメント
やはり、英米から学ぶところは、多い。


 

 



 

 


◆宇田川勝『鮎川義介。日産の創業者』を読み解く



★要旨


・鮎川義介は、
斬新な構想力と革新的な事業活動によって、
大正期、とくに昭和初期、戦後期の
政財界で勇名を馳せた人物である。


・本書は、鮎川の波瀾に富んだ86歳の生涯をたどり、
彼の壮大でユニークな構想力と事業活動の革新性、
それがもつ含意と今日的意義を検証する。


・鮎川は、みずからの事業構想と活動を
社会に発信するために、
多くのパンフレット類を発表している。


・鮎川の当初の人生目標は、
立身出世して資産家となり、
没落した鮎川家を再興することであった。


・しかし、鮎川は、
資産家、上流階層の家庭生活や
政財界のトップリーダーの言動をつぶさに観察することで、
自分の人生設計に疑問を感じ、
資産家になる道を進まず、
社会公益に役立つ、未開拓分野のパイオニアになる
夢を抱くようになる。


・鮎川は、
独立自営の企業家になるため、
現場体験が必要であるとして、
芝浦製作所、アメリカのグルド・カプラー社、
エリーマリアブル・アイアン社で4年間、職工生活を送り、
機械工業の基礎素材である、
可鍛鋳鉄の製造技術を学んだ。


・鮎川が取り組んだ産業開拓活動は、自動車事業であった。


・戸畑鋳物で、可鍛鋳鉄事業の国産化を実現すると、
鮎川は、自動車産業への進出を決意して、
日産自動車を創立し、
トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎と並んで、
日本自動車産業開拓の先駆者となった。


・鮎川義介には5人の姉妹と弟がいた。
姉スミは、三菱の木村久寿弥太、
妹キヨは、久原財閥創始者の久原房之助、
フシは、大炭鉱業者・貝島太助の四男太市
などに嫁いだ。
華麗なる門閥といえる。


・鮎川家は、
井上馨の仲立ちのもとに政財界の名門、
資産家と婚姻関係を結び、
華麗なる閨閥を形成していった。


・そうした閨閥の中で、
とくに鮎川は、終生のの恩人として、
井上馨、久原房之助、貝島太助、藤田フミ(藤田小太郎の妻)
の4人をあげている。


・鮎川義介は、4人の恩人のうち、
母方の大叔父にあたる、井上馨から薫陶を受け、
多大なる影響を受けた。


★コメント
鮎川さんの魅力について、もっと調べていきたい。


 

 


 

 


◆NHK『森保一。プロフェッショナル、仕事の流儀』を読み解く


森保一さんは、サッカー日本代表監督。



★要旨


・逆境でこそ、自分の基本に立ち戻れ。


逆境でこそ、自分自身が実力を出せるとき。
苦しいとき、そこを耐えて、
いかに普段通りできるかが大切。


・心があることを忘れないようにする。


「選手は、ロボットじゃない。
試合に出るため、一生懸命、努力を続けている。
そこには、心がある」


・心が折れても、人生は繋がっていく。


心が折れてることは、いっぱいある。
でも人生は、続くから、
やり続けなければいけない。
結局は、自分なりの生き方を貫くしかない。
(森保)


・必要と思えば、いつでもどこでも話す。
たがいの話が、心にすっと入っていくタイミングを
見極めて話す。


・声をかけるときは、質問から。
森保は、自分の意見を選手に伝えるとき、
まず相手の意見を聞く。


・話の最後は、必ず笑顔で。
下を向いたまま終わるのは、
次へのエネルギーにならない。
いいイメージをもって、
次に進めるよう、笑顔で終わる。


・プロフェッショナルとは、
逆境に立たされたり、
自分の思い通りにいかなかったりするときも、
基本に忠実に、地道にやり続けられる人。
(森保一)


・1993年、ワールドカップ出場をかけて
カタールのドーハで、アジア最終予選を戦った。
日本はイラクで土壇場で、同点に追いつかれ、
W杯出場を逃した。


・森保の心は、折れたが、
ふたたびピッチに立つことを選んだ。


「サッカーでも他でもそうだが、
心が折れても、人生は続く。
生き続けなければならない。
それなら、自分にできることをやるしかない。
自分をつらぬく。
自然体で自分らしく。
思い切って、腹をくくって、自分の長所を生かして、
やっていくだけ。そう気づいた」(森保)


・森保が、サンフレッチェ広島の監督時代、
午前中の全体練習のあと、午後3時から、
若手中心に「二部練」をやっていた。
シーズン中でも、週に2日行われていて、
Jリーグでも、特に厳しいことで知られていた。


・指導は、コーチが担当しているが、
森保監督も、必ずこの練習に立ち会った。


・地味で厳しい基礎練習を繰り返す選手たち。
それを見つめる森保にとって、
選手たちへのこんな思いがあった。


「全員を平等に試合に出してあげることは、できない。
でも練習を通して、彼らが成長して、
次につながるようにしよう。
選手を少しでも伸ばすという気持ちを忘れずに、
サポートしなければ」


★コメント
森保さんの人格と哲学について、

もっと知っておきたい。