◆神立尚紀『零戦最後の証言3』を読み解く
★要旨
・戦中は零戦隊の名指揮官として名を馳せ、
戦後はレコード会社の役員として洋楽ブームを仕掛けた鈴木實氏の
エピソードをご紹介する。
・昭和35年、1960年、
キングレコード営業部長・鈴木實は、
イギリスの大手レコード会社、デッカ社との契約更改交渉に臨んでいた。
・契約更改は2年に一度だが、
デッカの極東支配人、
デリック・ジョン・クープランドは日本人を頭から見下しており、
横柄でわがままで担当者もほとほと泣かされていた。
・『ところであなた、戦争中はどこにいたんだ』
と鈴木は英語でたずねた。
・鈴木の英語は、決して上手ではないが、
海軍兵学校仕込みのキングス・イングリッシュで、
日常会話に不自由はない。
「カルカッタの造船所で高角砲の指揮官だった。
俺は大英帝国陸軍少佐だ」
クープランドは胸を張る。
しめた、と鈴木は思った。
→
「俺は戦闘機の指揮官で、大日本帝国海軍中佐だ」
クープランドの態度が変わった。
「なんだ、それじゃ俺より上官じゃないか」
・軍人の階級の上下は国境を問わない。
プロの軍人経験者なら、自分より階級が上の者にはかならず一目置く。
それを見越した鈴木の作戦だった。
・「カルカッタの空襲には俺も行くはずだった。
俺たちの仲間が空襲に行って、
大戦果を挙げている」
鈴木が言うと、
「あのとき、あんたの仲間が来ていたのか。
でも爆弾は1発も当たらなかったぞ」
クープランドは、
よほど打ち解けた口調で答えた。
「なにを言うか、そっちの高角砲だって、
ちっとも当たらなかったじゃないか」
→
2人は顔を見合わせて大笑いした。
そしてこのあと、キングレコードとデッカの契約は
非常にスムーズに運ぶようになったという。
・敗戦で価値観の一変した日本社会で、
失業者となった元軍人たちは、
戦後、生きるためにそれぞれ大きな苦労をした。
★コメント
軍人たちが無事生還して、
そこから第二の人生を歩む。
その道筋はながく、ドラマがある。