◆渡辺克義『物語・ポーランドの歴史』を読み解く



副題→「東欧の大国の苦難と再生」



★要旨



・ポーランドは、

悲劇的な歴史を持つことで知られている。



・ロシア、プロイセン、オーストリアによる三国分割の結果、

1795年から1918年までに、123年間、独立を喪失していた。



・独立を謳歌したのも束の間、

第二次大戦勃発に伴い、

ヒトラーのナチスドイツとスターリンのソ連に

祖国を分断され、またしても苦難の歴史を歩むことになった。



・このようなポーランドの悲運は、

その地政学的位置ならびに

地理的形状に由来する。



・すなわち、天然の障壁といえるものを

持たない平坦な国土であることに加え、

周囲を超大国に囲まれていたことから、

国を蹂躙されることにつながったのである。



・ポーランド史は、

「抵抗と挫折」という言葉で語られることも多い。



・日本とポーランドの間には、

歴史的秘話にも事欠かない。

1920年と22年には、

シベリア残留ポーランド人孤児(765人)が

日本赤十字社などの協力により

本国に送還されるという出来事があった。

彼らの一部は、

その後、日本との親善を深めた。



・「六千人の命のビザ」で知られる外交官、

杉原千畝は、

ポーランド人を通じて、

多くの重要情報を入手していた。



・スウェーデン駐在武官の小野寺信もまた、

ポーランド人諜報員から得られる情報を

重視していた。



・13世紀以降に異民族の侵入が相次いだことも、

ポーランドの統一にとって不運であった。

侵入の一つは、

タタール(モンゴル軍)によるもので、

1241年、同軍はシロンスクのレグニツァにまで至り、

国土を荒廃させたのち、撤退した。



・13世紀に、ドイツ騎士団は、

ポーランドにとって最大の脅威となった。

1230年にやってきたドイツ騎士団は、

ヘウムノやトルンなど、

次々と都市を築き、ポーランドを圧迫した。



・10世紀に産声をあげたポーランド王国は、

14~16世紀に隆盛を極めるが、

王朝断絶後、衰退に向かう。



★コメント

ポーランドの独立へ向けた歴史から、

我々が学ぶことは、多い。