◆佐藤修『田中角栄。最後のインタビュー』を読み解く
★要旨
・熟慮もへちまもない。断行だ。
だから私は「決断と実行」をスローガンにしたのだ。
・トップになったら、懸案事項はすぐやるべきだ。
ところが日本人はしばらく情勢を見てからやろうとする。
そんなバカな、船出じゃあるまいし。
・最高の権力を握って国民の負託に応えなきゃならんときは、
すぐにやらなければならない。
・社長でも何でもそうだ。
熟慮断行という言葉もあるけど、
もう30年も35年も経験してきた者が、熟慮もへちまもないんですよ。
断行だ。
・総理というのは、最後に何かをやろうとしたって絶対できない。
社長でも、やめる社長の言うことなんか聞くわけはない。
・俺が通産大臣になったと同時に、日米繊維交渉をやった。
沖縄問題も視野に入って、
「縄と糸の交渉」だと言われた。
交換できるなら、縄をとるのは当たり前だ。
そこらが政治の呼吸というか、勝負どころなんだ。
・「選挙区のことは、5メートル単位で知っている」
→角栄の選挙区の新潟3区は、33市町村もあった。
南は南魚沼郡湯之谷村から、北は三条市までと広い。
角栄は、この票田を議員生活36年にわたって丹念に耕してきた。
・「俺は自分の選挙区のことは5メートル単位で、全部知っているんだ。
この道は何メートルで、工事費はいくらだったか。
あそこの崖崩れ防止は、もうそろそろ手を入れないと危ないとか」
・「ものになるのは『叩き上げ』だ」
→角栄は「叩き上げ」という言葉が好きで多用した。
「叩き上げ」の人を政治家でも経済人でも持ち上げ、称賛していた。
自分のキャリア、人生と重なるからだろう。
だからといって、叩き上げでない人を軽蔑することはなかった。
・「ソ連のブレジネフなどは、叩き上げだ。
工場で20年、30年と旋盤工として働き、
50歳近くで中央に上がり、今の地位にいる苦労人だ。
彼らが指導部にいるときにこそ、北方領土返還の交渉をしなければならない。
官僚が上がってきたらダメだ」
・「政治家でも商売人でも、やっぱりものになるのは創業者だな」
★コメント
やはり、角さんにはパワーがある。
学び取りたい。