◆潮匡人『司馬史観と太平洋戦争』を読み解く



潮匡人は、軍事ジャーナリスト。




★要旨



・日清戦争も大東亜戦争も、

掛け替えのない、我々日本人の歩みである。

だが、その過去は今、左右両派のイデオロギーに歪められ、

別様に書き換えられつつある。



・たしかに軍事の世界では、合理性が求められる。

だが、そもそも戦争は良くも悪くも、

人間だけが行う所業であり、単なる物理現象ではない。

ゆえに、精神力も戦力も、構成する重要なファクターである。



・文明国の基本原則を蹂躙したのが、東京裁判なり。



・法律がなければ刑罰なし。

文明国では「それが常識」である。



・ロバート・タフト上院議員は、

「勝者による敗者の裁きは、どれほど司法的な体裁を整えても、

公正なものではありえない」

と東京裁判を批判した。



・防衛大学校一期生が定年退官して久しいが、

歴代校長中、いまだ防大出身者は一人もいない。

諸外国の士官学校では、およそありえない人事である。



・「普通の国」の士官学校は、

その学校を卒業した制服組の将校から任命される。



・日本を統治したマッカーサー将軍も、元・士官学校長である。

敗戦までの日本の「普通の国」であった。



・司馬遼太郎の代表作でも、

日露戦争は「多分に受身であった」(『坂の上の雲』)と肯定されている。



・私には、大東亜戦争こそ「自存自衛」の戦いであり、

経済制裁措置を受けた「多分に受身」の戦争に思える。



★コメント

戦争を小説で理解しようとすると、間違うときがある。

事実を積み上げたい。