◆伊藤貫『中国の「核」が世界を制す』を読み解く(その3)
その3
★要旨
・リアリスト派の視点が「非情」であるように感じられるのは、
国際政治を実際に動かしているバランス・オブ・パワーの論理が非情なものだからである。
・バランス・オブ・パワーで築いた大英帝国。
・過去二百年間、
他の諸国に対して独善的態度でウィルソニアン的な外交道徳のお説教
(「自由主義・民主主義のルールを守れ! 民族自決権を尊重せよ! 国連決議に従え!」等)
をしてきたアメリカ外交の本質は、
ウィルソン主義ではなく、リアリズムである。
・十八世紀から現在まで、アメリカ政府の外交政策決定者は、
十六から十九世紀の大英帝国がバランス・オブ・パワー外交を見事に実践してきたのを意図的に真似してきた。
大英帝国の外交は、
リアリスト外交の「一級品」と言えるものである。
・国際関係を考えるとき、
「イギリス外交の論理を学ばずして、バランス・オブ・パワーのメカニズムを理解するのは不可能」と言っても過言ではないから、
以下にイギリス外交のエッセンスを簡潔に解説したい。
・十六から十九世紀の英国リアリスト外交のエッセンスは、
「ヨーロッパ大陸で覇権国となりそうな国を叩く」というものであった。
・十六世紀中頃、エリザベス女王は、
「常に他国よりも強い海軍を維持し、同時に、ヨーロッパ大陸がどこか一国によって支配されることを防ぐ」
というイギリス外交の基本原則を決定した。
イギリス政府はこの原則を、十九世紀後半まで忠実に守り通した。
・ヨーロッパ大陸において覇権国の出現を許さないことによって、
イギリスは自国の独立を保障し、大西洋・太平洋・インド洋に大進出して世界帝国を築く「行動の自由」を
確保したのである。
・もしイギリス政府がヨーロッパ大陸において覇権国の出現と強大化を放置しておいたなら、
イギリスはヨーロッパ大陸からの脅威に対処することに忙殺されて、
世界中に植民地を設定して大規模な商業ネットワークを構築する余裕を持てなかっただろう。
・大英帝国の軍事運営コストは列強より低い。
・ここで注意すべきことは、イギリス政府はヨーロッパ大陸におけるバランス・オブ・パワーを維持するために
「もっとも侵略性の強い国」を叩いてきたが、
その国を完全に叩きのめして二度と立ち上がれないところまで弱体化させるようなことはしなかった、
ということである。
・ヨーロッパ大陸にA、B、C、Dという四強国があるとき、
イギリスはこれら四カ国が常にお互いに牽制しあって、
どの国も覇権を握れないような状態に置いておくことを好んだのである。
・イギリスは、ヨーロッパの特定国と戦争し、
勝利しても、その国を長期間占領したり併合したりすることを好まなかった。
・イギリス政府はヨーロッパ大陸の諸国間に
バランス・オブ・パワーの状態を維持しておくために戦争するのであり、
特定国を長期間占領したり併合したりすることは、
「大英帝国の維持・運営のコスト・ベネフィット計算から見て、コストがかかりすぎて合理的ではない」
という冷徹な計算があったのである。
★コメント
伊藤さんの文章は、わかりやすい。
テーマを悟った人の書き方である。