◆常井健一『無敗の男。中村喜四郎、全告白』を読み解く(その2)

 

 

※要旨

 


・中村は、今よりも政治家どうしの距離が近く、
人間関係が濃い時代の永田町で育った。


・日中は砂防会館の派閥事務所に詰めて謀略を練り、
空き時間を見つけては麻雀やゴルフや山登りに興じ、
夜は料亭やクラブを梯子した。


・そして浴びるように酒を飲んだ。
帰り道ではラーメン屋ののれんをくぐるのが癖だった。
いつも隣には同僚議員がおり、
派閥の親分を囲んだ。それが結束を強め、議員を育てた。


・従来型の組織に潜む「弱さ」を見抜いたのが、
中村後援会の新しさだった。
喜友会は、 町内会単位で存在している。


・だいたいの政治家は
市町村単位で後援会を作るケースが多いが、
中村の場合は集落の規模にまで細分化しており、
一政治家の後援組織であるにもかかわらず、
消防団や老人会、婦人会と同じように各地域の中に溶け込んでいる。


・しかも、企業や業界団体の中には組織を作らせない。
「支部」という呼び名を使わず、
「○〇喜友会」というように、
地域の名前を冠する形に一本化している。


・兄の吉伸が解説してくれた。
「ピラミッド形式ではありませんから、
各地域の喜友会にそれぞれ後援会長が存在します。
小さな集団が何百もあるんです。


→誰かに話せば、
末端までバーッと指示が回って行くような
仕組みのある組織ではないんですよ。
選挙の時は選対から一つひとつの喜友会に
連絡をしなければなりませんから、
時間も手間もかかるので大変です。


→ですけど、
動き出したら強い。
『喜友会がいよいよ動き出したぞー』
と、肌でわかるくらい、運動に迫力が出てきます。
こういう仕組みは全部、彼(中村)が作り上げた」


・中村が自分の地盤を固めようと必死になっていた若手時代は、
初出馬の時から足を使ってかき集めた
個人情報が連絡網の土台になっていた。


・それから半世紀近くも政治活動をしているので、
当然、亡くなったり、
引っ越してきたりした支援者は数えきれないほど存在する。
こうした情報を把握し、
もともとあった名簿を
更新していくのが秘書の役割である。
手書きのメモを自動車学校の事務員に渡し、
データ化する作業も行っている。


・一方、こうした名簿は、
利根川のほとりにある中村喜四郎事務所の
書棚にずらりと揃っているわけではない。


・一台のパソコンに集約されているわけでもない。
一括管理する仕組みはないのだ。
秘書たちがそれぞれ自分の担当地域だけの名簿を管理している。
彼らには担当外の地区の名簿を見る機会はなく、
全体を把握している秘書も存在しない。


・つまり、門外不出のビッグデータは、
すべての秘書と
「機密情報」を共有することができる唯一の人間、
中村喜四郎だけが把握している。
住所は「景色」、名前は「顔」という形で
「人間コンピューータ」にインプットされている。


・紙には残していない。
「そういう系統立ったものは一切ない。残さない。
企業秘密というものは全部、人の頭の中に残す」


・「秘書さんたちは聞いてきた声を全部本人に
報告しているわけではありません。これだけは
伝えないといけないということだけです。


そうでないと、本人のほうも三時間、四時間と話が止まら
なくなる。息子である私にも、
いまだに朝まで八時間ぶっ続けで説教するような人ですよ」
(息子、ハヤト)

 

 

※コメント
凄まじいまでの行動量に圧倒される。
まるで選挙活動を荒行のような形で、
取り組む中村さんの姿勢は、
なにかの参考になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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