◆竹村公太郎『水力発電が日本を救う:その2』を読み解く
前回からの、続き
※要旨
・山、雨、ダムという3つが揃っている日本は、
膨大なエネルギー資源、それも無限でただの太陽エネルギーを
持っていることを知ってもらいたい。
・日本のダムは「油田」である。
・ダム屋のわたしの眼からは、
ダムに貯められた雨水は石油に等しい。
ダム湖は国産の油田のように見える。
・高い山、大量の雨、そして川をせき止めるダム。
この3つが揃った時だけ、水は石油になる。
・雨のエネルギーは、太陽から与えられる。
・100年後、200年後にこそ貴重になるダム遺産。
・少なくとも200兆円分の富が増える。
・40年近い年月、
私は土木技術者として日本中の川を歩き、3つのダムを造ってきた。
・自分の専門である河川土木の見方で物事を考える癖があり、
これまでも歴史や社会問題などを、
地形の面から見直してみて、思わぬ発見をしたことがある。
・奈良時代後半、京都に都が移されたのは、
奈良周辺の山々は禿山になってしまっていて、
もう木材エネルギーを手に入れることができなくなっていたから、
と結論できる。
・徳川家康が江戸に幕府を開いた理由は、豊富なエネルギーだった。
・1600年の関ヶ原の戦いで勝った家康は、
征夷大将軍になった後、その辺鄙な江戸に自分の幕府を開いたのだが、
これは不思議な話だ。
・反徳川勢力に備えるのなら、
箱根を越えた遠い関東に本拠を置くよりも、
京都か、名古屋、岐阜などのほうが、
はるかに理にかなっていた。
・実はこの当時、関西にはもう木材がなかった。
これが家康の決断を理解する重要なカギになる。
・1590年、家康は秀吉に追いやられるようにして関東の領地を得た。
そこで彼が見たのは、利根川や渡良瀬川、荒川などの領域に広がる、
手つかずの広大な森林だった。
・莫大な木材は家康の心を動かした。
今日でいえば、
軍事国家の独裁者が大油田を発見したようなものだ。
・エネルギー資源が戦略物資であることは、
戦国の昔も今と変わらない。
・家康という戦国武将が、
エネルギー獲得に有利な江戸に魅力を感じたのは、
当然だった。
※コメント
長年の経験に裏付けられた文章は強い。
ぐいぐいとそのテーマに引き込まれていく。
このような文章をかけるよう精進したい。
★竹村公太郎『水力発電が日本を救う』
の詳細,amazon購入はこちら↓
◆まぐまぐメルマガ『国際インテリジェンス機密ファイル』ご紹介。
ご登録はこちらです
http://www.mag2.com/m/0000258752.html
世界のインテリジェンスに関する公開・非公開情報をお伝えします