何が起きたか分からないまま

その日を境に、父とは離れ離れになりました

 

翌日から、私は母の親戚の家から学校へ通うことになりました

バスに乗って片道30分ほどバス

 

昨日までとは、まるで違う生活です

 

翌日、学校で友達から

「倒産したんだってね。新聞に載ってたってよ」

 

と、言われた言葉で私は初めて知りましたガーン

父の会社が倒産したことを叫び

 

幼い私には「倒産」という言葉の意味はよく理解はできていませんでした

 

でも「お父さんの会社がなくなったんだ」

その事実だけはわかりました

 

ショックでした不安

 

それから父とはしばらく会えない日々が続きました

母と姉と私

私たち3人は、母の弟夫婦の家にお世話になることになりました

そこには、まだ4歳くらいと1歳の幼い兄妹がいました

 

叔母にしてみれば

自分たち家族にも幼い子どもがいて

家業も手伝いながら

一番大変な時期だったはずなのに

そこへ突然、血のつながりもない、義母でもない

伯母と子ども2人が転がり込んできたのですガーン

 

今、大人になった私が振り返ると、

「よく受け入れてくれたな……」

と、感謝と共に本当に頭が下がりますお願い

 

当時の私はまだ小学生

もちろん、そんなことを考えることもなく、ただそこで生活していました

「お世話になっている」

ということの意味さえ理解できていなかったショボーン

 

 

その家で、今でもなぜか心に残っている光景があります

 

叔母はとてもおとなしく、優しく、美人

そしてスリムな人でした

 

自分の家なのに、台所の片隅で

チョコレートとコーヒーだけを口にしている姿を

私は何度も見た記憶があります

 

「お腹空いてないの?」

そう聞くと、

「うん、お腹空いてないの」

そんなふうに答えていたように思います

 

子どもの私は、その姿を見ても深く考えませんでした

 

でも、大人になった今、思います

あの時、叔母はどんな気持ちだったんだろう

自分の家に、突然家族が3人も増えて…

 

幼い子どもたちの世話もあり

それでも、私たちを受け入れてくれた愛

 

少し成長して色々分かってきた頃

「ありがとう」と伝えたい!

ちゃんと感謝を伝えにいこう!

そう思った矢先でした・・・

 

叔母は、30代という若さで癌を患い、亡くなりました

あまりにも早すぎるお別れでした

 

私は、ちゃんと「ありがとう」を伝えることができなかったびっくりマーク

そして、また私は自分を責めてしまいました

 

「私たちが突然お世話になったからだよね」

「叔母さんにストレスをかけたから」

「食事もちゃんと取れなかったのは私たちのせいだったから」

 

そんなふうに考えてしまうのです

もちろん、叔母の病気の原因が私たちにあったのかどうかわかりませんが…

 

でも、幼い心には

「きっと私のせいだ」

という罪悪感が残りました

それと

ありがとうを言えなかった」

という後悔