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B級おもしろ映画館

古い映画や映画館をこよなく愛し
なによりも面白い映画が大好きなオジサンのブログです

国際秘密警察 指令第8号<東宝DVD名作セレクション>

 

「国際秘密警察」シリーズ・全5作。

 

「指令第8号」   監督・杉江敏男   1963年   94分

「虎の牙」      監督・福田純     1964年   89分

「火薬の樽」    監督・坪島孝      1964年   96分

「鍵の鍵」      監督・谷口千吉    1964年   93分

「絶体絶命」    監督・谷口千吉     1967年   93分

 

主演は三橋達也。彼の役名は北見次郎。

1作目と2作目は、シリアスな作風、

3作目からは完全にコメディ・アクション 。

 

1962年に007・シリーズの一作目が公開されて

世界中がスパイ映画の大ブームとなった。

日本からこのブームに名乗りを上げたのが、このシリーズだった。

ちょっとキザで、ちょっとダンディで、チョット中年の三橋達也が

国際秘密警察のスパイとなってアジアや日本で

大活躍すると云う毎度お馴染みのストーリーが展開される。

アクションもそんなにある訳ではないが、

訳の分からない面白さにつられて全作映画館で見ている。

今回、ビデオ録画しておいた3作目と4作目を見直した。

さすがに今見ると、ギャグも古臭いし、アクションもチャチっぽく

そんなに面白くも何ともなかった。

注目したのは2作目、3作目、4作目に出演している中丸忠雄さん。

岡本喜八・監督の独立愚連隊シリーズでお馴染みの

渋い脇役の人だが、このシリーズでは完全に主役を食っている所が

あった。俺にも主役をやらせろと言うような思いがあったのか

迫力満点の出演にちょっと驚いた。

60年代、映画は斜陽と言われながら、

まだこんなアホみたいな映画を作っていた。

プログラム・ピクチャーもこうなると愉快だった。

良い時代でした。

 

年が明けてから真面目な作品を見る気が起こらない。

こんな映画ばかり見ていたら、頭がどうかなりそうだが

寒くて、動きが何か変になって来ている。

早く立春になって欲しいと願っている。

明日からの最強寒波の襲来が恐ろしい!

 

 

「若者のすべて」   1960年  118分  完全版179分

  監督・脚本・ルキノ・ヴィスコンティ、音楽・ニーノ・ロータ

  出演・アラン・ドロン、アニー・ジラルド、クラウディア・カルディナーレ

 

日本で初めて公開されたのは1960年12月。

正月映画として日比谷映画劇場でロード・ショーされた。

私が始めて見たのは、公開から2年後だった。

モノクロの地味な作品としか記憶になかった。

 

父親が亡くなって田舎からミラノに出て来た貧しい一家の物語。

三男のアラン・ドロンがボクサーになり

ダメな兄弟や家族を助けるストーリーだった。

何とも中途半端な映画としか思い出せない。

あのヴィスコンティ作品を一時間もカットして公開していたとは

当時は思いもしなかった。人気のあったアラン・ドロンを

売り出すためと、正月早々イタリアン・リアリズムの真面目な

モノクロの映画を3時間の上映では、

誰も見に来ないと配給会社は考えて、一時間のカットをしたのだろう。

それにしても、この頃のヨーロッパ映画の公開は無茶苦茶な

所が結構あった。一時間程の戦争映画をロシアの風景の記録映画

などを巧みに編集して、2時間の作品に作り直し、

70ミリにブロー・アップして、超大作戦争映画として公開

大ヒットさせた配給会社もあった。

 

今回見たのは179分の完全版。

この当時のヴィスコンティ作品らしいリアリズムの作品です。

「若者のすべて」と云うより「家族のすべて」と言った方が分かりやすい

原題は「ロッコと兄弟たち」ロッコはアラン・ドロンの役名。

3時間、喚きあうイタリア語の洪水にいささかウンザリしてしまった。

「映画は決して芸術ではないという事も、言っておかなければいけない

あくまでも職人仕事で、時として一級のものもあるが、

えてして二流、三流の方が多い・・・・・。」

これはヴィスコンティ自身が1966年に言った言葉。

彼がイタリアの巨人と呼ばれるようになるのは

1963年の「山猫」からだろう。

 

今日の昼間、何故か眠くてたまらなかった。

リビングでナナちゃんと一緒に寝てばかりだった。

 

友人から「最近映画館に行っていないようだが

身体の調子でも悪いのか?」と云うメールが届いた。

名古屋の映画館は勿論だが、良く行っていた県営名古屋空港にある

ミッドランド・シネマにも行っていない。

岐阜のロイヤル劇場もコロナ以来あまり行っていない。

行かなくなった理由を考えて見た。

 

☆ 映画館が近くにない ☆

私の住む東濃地方には、映画館は全く無い。

車で15分の所にイオン・モールが出来て

初めの予定ではシネコンも出来るとの事だったが

残念ながらシネコンは出来なかった。

名古屋まで出るか、空港のシネコンに行くのが一番近い。

現役の頃なら、勤務地の関係もあって

名古屋を遠く感じた事はなかった。

リタイア後はフットワークも重くなって、

名古屋に行くのは小旅行になった。

 

☆ シネコンが面倒くさい ☆

これはシネコンに限った事ではないが、完全指定が鬱陶しい。

隣の市に可児市があるが、ここは良く映画鑑賞会を開いている。

キャパ500位のホールで古い日本映画などを上映している。

平日の昼間の上映を申し込んだら指定席券が送られてきた。

当日に行くと観客は20人ほどしかいない。

私の席が前過ぎると思ったので、映画が始まってから移動した。

そうしたら係員が飛んできて指定席に座ってくれと

無理矢理元の席に移動させようとする。

元々が私が選んだわけでもない席なので

その事を言うと、「満員になるかも知れませんので我慢してくれ」と

行って来た。平日の昼間、地方の映画会に500人もの人が

来るとは思えないし、もしそこまで映画が人気があるなら

映画館は潰れていない。そう思うが田舎の市の職員の頑迷な気持は

云っても分からない。普通のシネコンはそこまで酷い事はないと思うが

あのポップコーンの甘ったるい匂いも嫌になる。

おばさん達のおしゃべりも鬱陶しい。そんな事を考えていると

だんだん足が遠のいてしまう。

 

☆ 見たい映画がない ☆

これが最大の理由だと思う。

この俳優、この監督、この脚本、この音楽・・・・・・・・。

昔はそのどれか一つで映画館に走って行けた。

今はそれが皆無です。勉強不足もあるが今の映画の監督の名前も

全く分からない。俳優に関しては少しだけなら分かるが

音楽に至っては誰一人知らない。

映画自体もそう面白く見る事がなくなって来ている。

昔はそれでも映画館で見に行った事もあった。

梅田OS劇場、なんば大劇場、松竹座、

有楽座、ピカデリー劇場、ミラノ座

名画座なら、京都祇園会館など、上映している映画もだが

映画館に魅かれて見に行っていた事もあった。

「午前十時の映画祭」も発足当時は、ニュー・プリント、フィルム上映が

売りだった。今はそれも無くなってしまった。上映している映画も

NHKーBSと同じ様に、何ら変わり映えのしない映画になってしまった。

これでは足が動かない。

古い映画を、大きなモニターで見ていると

今、劇場で見るのとあまり変わりがない。

諸々のイライラの原因がないだけ、家の方がましな気がする。

大映4K映画祭なんてやっているが、DCPの上映なら行く気がしない。

 

まあ、行かなくなった原因は他にもあるが

年と共に面倒くさいという事が一番の原因かと思う。

こんな私に映画館に行こうと思うような映画を作って下さい。

 

明日からは10年に一度の大寒波襲来とか。

寒いのが苦手な爺さんには、大変な日々の始まりです。