古い知人から、並木座のチラシの事で問い合わせがあった。
調べるだけならネットで出来るが、現物が見たいとの事。
幸い処分する前だったので、郵送することにした。
ついでに色々調べたりしていたら、昔のブログに書いていたものが
見つかった。下の記事は2007年にアップした物です。
もう10年以上が経っている事に驚いている。
2007年11月21日、映画プロデューサーであった、
金子正且さんが亡くなった。
「小早川家の秋」「乱れ雲」など、
日本映画史に輝く名作を手がけている。
金子さんは並木座の経営にも関わっていた。
「並木座」・・・私にとって忘れる事の出来ない映画館の一つです。
並木座が一本立ての名画座でやっていた頃から
二本立てになってからも、通い続けた映画館です。
最後に見に行ったのは、1985年5月29日から公開された
「いのちぼうにふろう」と「巌流島の決闘」の二本立てでした。
「並木座」・・・座席数・84.有名な木が二つ並んだマークは
松山崇さんのデザイン。
この映画館、映画プロデューサー・藤本真澄さんが作った物。
出資者は当時の映画人(俳優、監督・・・)
映画人が設立した唯一の映画館だった。
若い頃、映画編集の習得に東京に住んだ事がある。
その頃、週に一度はこの映画館に通っていた。
一本立ての名画座だった並木座で、本当に多くの日本映画を見た。
東京を離れてからも、何度となく見に行った。
金子さんもそうですが、この映画館を通じて多くの映画屋さんと
知り合う事が出来た。
人はよく映画館の事を学校と言う。
並木座は私にとって学校というよりも パラダイスだったように思う。何度かお会いする事が出来た金子さんに「映画じゃ食えないよ」と、
新藤監督に云われた事と同じ事を言われた。
私にとって雲の上のお二人に「食えない、食えない」と言われれば
そんなものかと思っても仕方がなかった。
それでも映画を見ることだけは止めなかった。
面白い映画が好きな私が、この並木座へ行く時だけは
きちんとした服装で、真面目な映画を真面目な気持ちで、
映画を見ていたように思う。
ユーモアたっぷりに映画の黄金時代のことを
話されていた金子さんの姿が目に浮かんでくる。
映画を知り尽くしていた活動屋さんが、
また一人天国にめされていってしまった。
ご冥福を心からお祈りいたします。
「銀座・並木座(日本映画とともに歩んだ45年)」 嵩元 友子・著
映画ファンには堪らなく面白く、懐かしい本です。
巻末に全上映作品リストも収録されています。
ここから2019年・5月6日です
チラシを眺めながら、よくこれだけ通ったものだと感心している。
今はブルーレイやDVD、それにテレビ録画で
あの頃よりも沢山の映画を見ている。
それなりに楽しく、自分なりには満足している。
連休フィーバーも、改元騒ぎに巻き込まれる事なく
静かに10日間を過ごしていました。
今日も一人なので、天気も良いので気晴らしに
「塩見の森」に行って来た。家から20分程で山の駐車場に到着。
遠くに伊勢湾やアルプスの山々などが一望できる絶景スポット。
残念ながら今日は雲がかかって見る事は出来ない。
ここは観光施設やお店などは何もない。
遊歩道などは整備されているので、山歩きには丁度良い。
唯一の設備である望遠鏡で眺めると
遠くに我が家がある団地が見る事が出来る。
少々怠け切った身体。少しだが山歩きを楽しんだ。
夜になって激しい雷雨。
猫たちが怖がってソファーの後ろへ隠れてしまった。
雷は収まって来たが、雨は降り続いている。
妻が二日間のコンサートから、もうすぐ帰って来る。
妻ベッタリのドンちゃんは、今は最高に不機嫌。
こればかりはどうしようもない。