12月になると、街はクリスマスのデコレーションやイルミネーションが目立ちます。
それとともにエホバの証人は「クリスマスの間違い」を啓蒙する雑誌を携えて人々を訪問します。
今年の雑誌はこんな感じです。

さすがにクリスマスの間違いを指摘することが人々にうっとおしがられていることに気がついたのか、今年の主題はソフトな感じです。クリスマスを悪とするよりも「クリスマスよりも良いもの」という訴えとともに、可愛らしいお嬢さんがほほ笑んでいます。
この機会に過去の12月号を読み返してみました。
2年前のものは以下のようなものです。

はい。クリスマスが聖書を起源とする習慣ではないことは良くわかりました。
エホバの証人はクリスマスプレゼントをもらったり、職場でクリスマスケーキを食べたりするときにも良心の呵責を感じたりしちゃうのかもしれないですね。
でも引っかかる点があります。 エホバの証人は結婚式で結婚指輪をはめる習慣など異教を起源としていると考えられるものでも受け入れています。
そして異教を起源とする習慣でも受け入れることができる理由として
「その慣行が何百年も前にどんな意味を持っていたかではなく,現在,自分の住んでいる地域でどのようにみなされているかということです。」(目03 9/22 22-24ページ )
と説明しているのです。
ではなぜクリスマスだけをターゲットにして、誰も異教の慣行としての意識がない地域でも「これは異教の習慣ですよ」と声を大にして唱えるのでしょうか。
こうした点を考えると
実は
クリスマスを宗教的な習慣として一番注目したいのはエホバの証人なのではないか
と考えてしまいます。
最後にエホバの証人の親の立場の方に一言。
ものみの塔は以下のように述べています。


でも・・・
ものみの塔協会が一般向けにクリスマスの話をするときしか、この点を強調しないので、つい忘れちゃいますよね。
お知らせ
クリスマスについては以下のサイトで真面目に論じていますので、こちらもご覧ください。
エホバの証人研究 習慣と信条 - クリスマス