木曜日はKAZUの学校で、健康療育相談と学期末の面談がありました。
2つの用事の1つは朝の9:40、もう1つは15:30だったので、いったん家に帰るにはどうも中途半端。
結局PCを持ち込んで学校の近くでポチポチと仕事をしていました。
支援学校という場所は、どうも親の出番が多いなぁと思います。今週は水、木、金と3日連続「出勤」ならぬ「出校」です。幸い私の仕事は時間や場所にあまり縛られないので、パソコンさえ持ち歩けばこんな変なスケジュールでも仕事ができるわけですが、フルタイムでお勤めとかだったら絶対ムリッ!と思います。(そういう人は、どうしてるのかなぁ?)
健康療育相談で、1つ、イイたとえ話があったのでシェアさせてください。
新入学の生徒は校医である小児神経科のお医者さんと面談をすることになっているそうで、今日がその日でした。
KAZUは小児科、小児神経科の先生に、年長さんのころ、多動を穏やかにするという飲み薬を勧められましたが、私が「緊急性を感じない」と伝えて先延ばしにしたまま、話が立ち消えています。
そのことを話すと、先生は、次のようにお話しされていました。
発達障害の子というのは、「ブレーキの利きの悪い車」みたいなもの。
停まろうと思っても、急には停まれない。問題はブレーキの利きがどうこうではなく、それで車がボコボコになっていたり、周囲にぶつかって傷つけたりしている場合、それが問題なのだ、と。
同じ車でも、走っている道がアメリカのルートいくつ、みたいな幹線道路なら問題にならないけれど、これが箱根の峠道だったら命に関わる大問題になる。
発達障害によって、本人がまったく人の話を聞けなくて学ぶ機会を失っていたり、親がめいってネグレクトみたいになっていたり、自傷行為や他害行為をおこしてしまったりするのなら、対処が必要。だけれども、その状態で本人や周りが困っていなならお薬は別にいらない、とのことでした。
「日本では、『道を整備する』というほうにはあまり力が入っていないんだよね」と先生がおっしゃっていたのが印象的でした。
入り口の段差が原因で車いすで入れない店などから、バリアフリーの話題が出ると、
障害者という「人」が問題なのではなく、障害者に不自由を感じさせる「環境」が問題なのだ、というような話を聞くことがありますが、
発達障害においても「同じことが言えるなぁ」と思います。
日本にはびこる「皆と違った行動をしてはいけない」という島国根性は、発達障害のある子にとって、必ずしもプラスには働いていません。
アメリカの映画観では、面白ければ手を叩いて笑っても、それを変な目で見る人はいないでしょうが、日本はポップコーンですら「バリバリ」させないように気を遣う文化です。
バリアフリーがいいからといってお茶室に続く石畳が「ぼこぼこしてけしからん!」ということにはならないように、
障害者の権利を振りかざして私が通常級の方針にあれこれ言うのもおかしいと思います。
でも、席から立ち上がりたいのを我慢して若干モジモジしていたりするKAZUのことも、「そういう子もいるよね」と自然に受け入れてもらえるような国や社会であるといいなぁとも思うのです。
お薬の問題は、いろいろ迷うことがありますが、
いまのところKAZUという車はそれほどボコボコではないように見えるし、重大な交通事故も起こしていません。
大事なのは親など周囲の目が「エンストしてないかな?」と気に掛けて、本当にお薬が必要になったときにはそれを見極めてあげることなのだろうと思いました。
面談の話はまた次のブログで〜。
なんだかここのところKAZUにいろいろな出来事がありすぎてブログがおっつきません〜。
2つの用事の1つは朝の9:40、もう1つは15:30だったので、いったん家に帰るにはどうも中途半端。
結局PCを持ち込んで学校の近くでポチポチと仕事をしていました。
支援学校という場所は、どうも親の出番が多いなぁと思います。今週は水、木、金と3日連続「出勤」ならぬ「出校」です。幸い私の仕事は時間や場所にあまり縛られないので、パソコンさえ持ち歩けばこんな変なスケジュールでも仕事ができるわけですが、フルタイムでお勤めとかだったら絶対ムリッ!と思います。(そういう人は、どうしてるのかなぁ?)
健康療育相談で、1つ、イイたとえ話があったのでシェアさせてください。
新入学の生徒は校医である小児神経科のお医者さんと面談をすることになっているそうで、今日がその日でした。
KAZUは小児科、小児神経科の先生に、年長さんのころ、多動を穏やかにするという飲み薬を勧められましたが、私が「緊急性を感じない」と伝えて先延ばしにしたまま、話が立ち消えています。
そのことを話すと、先生は、次のようにお話しされていました。
発達障害の子というのは、「ブレーキの利きの悪い車」みたいなもの。
停まろうと思っても、急には停まれない。問題はブレーキの利きがどうこうではなく、それで車がボコボコになっていたり、周囲にぶつかって傷つけたりしている場合、それが問題なのだ、と。
同じ車でも、走っている道がアメリカのルートいくつ、みたいな幹線道路なら問題にならないけれど、これが箱根の峠道だったら命に関わる大問題になる。
発達障害によって、本人がまったく人の話を聞けなくて学ぶ機会を失っていたり、親がめいってネグレクトみたいになっていたり、自傷行為や他害行為をおこしてしまったりするのなら、対処が必要。だけれども、その状態で本人や周りが困っていなならお薬は別にいらない、とのことでした。
「日本では、『道を整備する』というほうにはあまり力が入っていないんだよね」と先生がおっしゃっていたのが印象的でした。
入り口の段差が原因で車いすで入れない店などから、バリアフリーの話題が出ると、
障害者という「人」が問題なのではなく、障害者に不自由を感じさせる「環境」が問題なのだ、というような話を聞くことがありますが、
発達障害においても「同じことが言えるなぁ」と思います。
日本にはびこる「皆と違った行動をしてはいけない」という島国根性は、発達障害のある子にとって、必ずしもプラスには働いていません。
アメリカの映画観では、面白ければ手を叩いて笑っても、それを変な目で見る人はいないでしょうが、日本はポップコーンですら「バリバリ」させないように気を遣う文化です。
バリアフリーがいいからといってお茶室に続く石畳が「ぼこぼこしてけしからん!」ということにはならないように、
障害者の権利を振りかざして私が通常級の方針にあれこれ言うのもおかしいと思います。
でも、席から立ち上がりたいのを我慢して若干モジモジしていたりするKAZUのことも、「そういう子もいるよね」と自然に受け入れてもらえるような国や社会であるといいなぁとも思うのです。
お薬の問題は、いろいろ迷うことがありますが、
いまのところKAZUという車はそれほどボコボコではないように見えるし、重大な交通事故も起こしていません。
大事なのは親など周囲の目が「エンストしてないかな?」と気に掛けて、本当にお薬が必要になったときにはそれを見極めてあげることなのだろうと思いました。
面談の話はまた次のブログで〜。
なんだかここのところKAZUにいろいろな出来事がありすぎてブログがおっつきません〜。
