九州電力が会社をあげてかどうかはわかりませんが、ケーブルテレビでメールを子会社に依頼したことが問題視されています
確かに、正しいやり方とは思いませんが
そんなにこぞって非難しなければいけないことなのかと思います

小泉総理がはじめたタウンミーティングの時も、国側の主張に賛同する人達を動員していたことを国会で指摘されたことはありましたし、週刊誌の記事にもなりました
大型店舗出店や市町村合併など広範に行われている住民説明会。展開を有利にしようと動員をかけたりしたりはしていないのでしょうか
株主総会を有利に運ぶため、大株主に委任状を取り付けた会社は一社もないのでしょうか

政府の原発の安全宣言にイマイチ信用がおけない中で、原発への不安が広がっているなかで、空気が読めていない向きはあるのでしょうが
この行為それほど騒ぐことなのでしょうか

松本龍さんのスーパー上から目線発言は確かにいただけません。でも、大臣を辞任するようなことだったのでしょうか?
中には、松本さんと面識すらないと思われる方々が、人間性の否定までしておられたりします。僕は、よく知らない人の人間性の善し悪しを判断できる洞察力を持ち合わせていません。自分の鈍感さを嘆かなければならないのかもしれません。
僕は、九州人ではないですがB型人間です。松本さんの弁明の片方しかかかわっていないかもしれないのですが、まったく不快に思いませんでした。やはり感受性が鈍いのでしょう

九州電力の偉いさんや松本龍元大臣を人でなし並みに扱う向きもありますが、両者に大きな怒りを感じない僕も人でなし仲間だからなのでしょう

そんなことで人でなしになるのなら甘んじて人でなし宣言を致します(笑)

そんな新米人でなしクンは明日からまた出張です
と、いうことで、復帰する来週水曜まで、訪問したりペタしたりということでのブログはお休みになると思います

暑い毎日です。みなさんご自愛いただきますように。節電も大切ですが、自分自身や家族の体調のほうが大切です。
また、節電も何もまともなな環境すら援助されない被災者の方々。このままだと暑さはもちろんですが、その先の冬が今から心配ではあります
菅総理の後は誰がいい?ブログネタ:菅総理の後は誰がいい? 参加中


菅総理が内閣改造を行ないました。「辞めるよ」と言った総理が、作った改造内閣。いつまで続くのでしょう
世間では「一定のメド」が流行っているらしいですね。宿題を忘れた言い訳に「一定のメドがつけば、提出する用意がある」というように使うらしいです
で、菅さん本人の一定のメドは、公債特例法案・二次補正・再生エネルギーの各法案の成立らしいです
ところが、浜田さんという自民党参議院議員を一本釣りしたことに自民党が反発してしまいました。
と、いうことは国会は空転しますから法案は成立しません。菅さんはいつまでたっても辞めないことになります。それは、菅さんの望むところになってしまいます
噂されているように再生エネルギー法を楯にして解散総選挙なんてなってしまったらたいへんです。震災後危急のことでもほったらがしですから、総選挙はありえなくもないです
なんせ菅さんを筆頭に今の永田町のセンセ方は被災地や沖縄の基地やTPPや円高のことより自分の事が大切なようです

そんなことをさせない為には、国会で議論をしっかりとして菅さんの「一定のメド」の要件を成立させてしまうことです
浜田さんの入閣に反発せず逆手にとることを考えるべきです
副大臣や政務官ポストに推薦名簿を出して入閣者をドシドシ増やしていくことで、菅さん退任後に総理ポストに現実的に名乗りをあげる下地を作ることに努めればよいのです
菅さん後の総理ポストを射止めるには、民主党からも票をとらなければなりません。それには現政権に取り入ることが第一段階としては必要です
菅さんの次に総理の座を自民党が得ようとするなら、それぐらいしなければならないです
で、自民党から誰が適任かといえば林正芳参議院議員です。政策に幅広く詳しいことは国会質問を聞けば理解できます。自民党議員ですから、官僚ともうまく付き合えるでしょう。
民主党のよいところは「コンクリートから人へ」の発想です。これだと癒着は生みにくくなります。財政が逼迫しているのですから税金は真水のまま使ってもらいたいですからね
「コンクリートから人へ」を取り入れ林正芳さんに頑張ってもらいたいです。
谷垣さんの選挙区で暮らしていますから、谷垣さんになってもらいたくもありますがそんな悠長な状態ではないようなのが残念ではありますが

民主党内では、いろいろ取り沙汰されていますから、自民党から敢えて選んでみました
かにしのブログ-201106251642000.jpg
伊坂幸太郎著
集英社文庫

八年後に小惑星が衝突し、地球は滅亡する。そう予告されてから五年が過ぎた頃。当初は絶望からパニックに陥った世界も、いまや平穏な小康状態にある。仙台北部の団地「ヒルズタウン」の住民たちも同様だった。彼らは余命三年という時間の中で人生を見つめ直す。(裏表紙より抜粋)

八つの短篇からなる小説ですが、一つの団地とその周辺が舞台になっていますから、他の短篇に別の短篇の主人公が出てきます。その辺りも楽しむことができます。この小説に出てくる登場人物はみんな生きています。それは、五年が経過し、多少落ち着きを取り戻したからかもしれません

もしも現実に、小惑星なり彗星が衝突することが不可避になった時、僕自身はどうするのだろう?
それは、この小説を手にとった誰もが考えることだとは思います

収入もなく八年は厳しいですから、働くのかもしれません。でも一人で働いても収入にはなりません。売買や交換が成立して初めて収入となりえます。
誰もが働くでしょうか?まずは、自分の大切な人や自分をなんとか生き延ばすことを考えるのでしょうね。もがいて、あがいて
その行動は類型化できるでしょうが無秩序なもののように思えます
そして逃れられないことが明確になると絶望からパニックに。
このとき僕は、やはり引き籠もるのかもしれません。余計な争いは避けたいですから。この時することが無いから穴を掘ってシェルターを造るのかもしれません。
考えてみれば、収入が無くても食物と水と火があれば生きてはいけるのですよね。それをどうやって確保するのかが課題なわけで。でもそれは、単に「死なない」為のことだけであるわけで…

この小説、現実的にはありえない設定ですが、生きることというか生かされていることをもっと真摯に考えないといけないなぁと、反省してしまった作品でした