回想…今だから 分かる父のあれこれ | まめちゃん くらしを見直す!

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母親の胎内環境から既に悪く、乳幼児期から最悪な食生活で育てられたために 病気のデパートだった、生きているのが奇跡だと医者にも言われ続けて来た身体を、あらゆるセルフメディケーションにより作り直し中。きっとお役に立ちます!

一昔前までの 日本の農村は

いとこ結婚によって血筋を守るのが

普通でした。



たまに 旅人が来ると

新しい血を入れたりもしたようですが、

親族内で結婚を繰り返していました。



そのためか、

成人出来ずに亡くなる弱い子どもや、

障害、軽い奇形 なども

しばしば生じたのでした。



父親の足の指も…

下駄や草履を🩴普通に履けない状態でした。

きっと、バランスを取るのにも

運動するのにも

幼少期には苦労した事でしょう。



何となく母に聞いて知ってはいたものの、

父の身体を時々マッサージしてあげる時に

私は父を傷付けないように

こう言ったものでした。



「お父さん、火傷でもしたんだね。それでくっ付いてしまったんでしょ?辛かったね…」

と。



すると、父は、少し気まずそうに

「そうなんだよ…」

と言ったものでした。


その時の私には

それが父に対する せめてもの気遣いの会話でした。





今 思えば

その事で 何か言われたり

不利なことも たくさんあったに違いないのですが、

愚痴、泣き言、ネガティブな思い出などを

一言と言えども口にした事はありませんでしたし、



会社でのこと、愚痴、問題なども

たくさんあったに違いないですが、

家族にこぼしたことも一度もありませんでした。

大企業の管理職として、

家庭で少しはこぼしてガス抜きしたい

と思った事は 無かったのだろうか…



と思った時に

今だから分かる、父の本当の強さ

そう、男らしさ なのでした。



男らしさとは、いかにも筋骨隆々で

腕力があり

女に対して傍若無人に振る舞う というような、美女と野獣に例えれば、ガストンのようなイメージかも知れませんが、



決してそうではなく

内面の、女々しさの無い、際立つ忍耐力の事なのだな、

と 今だから 感じています。



身体は弱いのに

精神力はピカイチ。それこそが男の中の男だったのだ、と。



子どもにとっては

そんなのは当たり前だと思っていましたが、父の身になって考えると

誰かにこぼしたい事など、山ほどあったに違いありません。



それをおくびにも出さず

いつも飄々と生きていた父が いかに偉大だったか、今なら分かります。




もう一つ 逸話があります。

母が私にこぼした愚痴が とても印象深く、忘れられない話です。




父と母は、会社の同僚の親が持って来た話で、お付き合いを始めたのですが、

母の印象は、父の見た目について、

顔はキリっとした真面目な男性だけれど

身体は小さくて頼り無さそうな男性だなぁと感じていたそうです。



父がどれほど内面が強い、賢い人か

母には まだ知る由もなかったとき、



デートで一緒に夜道を歩いていた時の出来事で、数人のチンピラ風の男達に からかわれ、絡まれたそうです。



母は、父がその時

男らしく 言い返してくれるのではないか

と、密かに思ったそうです。



「でも、その時、◯さん(父)は、黙ってじっと下を向き、何も言い返すことも出来ずにいたんよ…その時のガッカリ😞な気持ちは今でも忘れられないんよ。」



と、母が私にこぼした時、

まだその時の私は、父の不甲斐なさに

母と共にガッカリし、

なんて弱っちい父親だったんだろう…

と悲しい気持ちになってしまったものでした。




でも、今なら分かります。

数人のチンピラを相手に、下手に言い返しても、さらに面白がった彼らに、何をされるか分かったものではない。



薪が🪵なければ火は🔥消える という格言通り、

レベルの低い相手に 愚かにも立ち向かう価値は無いどころか、

父も母も、ロクな目には遭わなかったはずです。



咄嗟の判断さえ、父は真に賢い人だったのです。チンピラとまともに目を合わせたり、知らんぷりで逃げるような 奴らを刺激する行動もとらず、

ただ、その場で 奴らがヤジを飛ばすのに満足して過ぎ去るまで

ジッと下を向いて耐えたのです。



それでいい。

貴方は賢かった。

今なら父を褒めたいと思います。




いくらでも出てくる父の逸話。

これからも、それを受け継いだことに感謝して、強く生きて行こうと思います。







友達に恵まれて

私は幸せにやっていますよ、

お父さん。



温かいコメント、メッセージ、ラインも

一つ一つが花束💐でした。