あらたな 「使命」 ④ | まめちゃん くらしを見直す!

まめちゃん くらしを見直す!

母親の胎内環境から既に悪く、乳幼児期から最悪な食生活で育てられたために 病気のデパートだった、生きているのが奇跡だと医者にも言われ続けて来た身体を、あらゆるセルフメディケーションにより作り直し中。きっとお役に立ちます!

もともとの
病気三昧体質が
たまたま 小康状態になっていたに過ぎない40代。


やりがいある仕事、プチ贅沢出来る稼ぎ、良い評価…
それらで高揚した気持ちのおかげもあり、
自分がもう健康になれた気分でいました。


少々の無理はきくようになっていたのですが、
さすがに大きな無理はきかないのだ、と自覚しているべきでした。


私に無理をさせることを何とも思わない夫は、
何度も死にかけた時でさえ
深刻な状況を笑っていました。


今回も
長時間運転で2つの家を往復し、
それぞれの家事を完璧にこなし、仕事も詰め込み、
引っ越しの重労働までこなす私が すっかり元気になっていると考えていた夫は
私の苦労を大して労わる事もしませんでした。



それでも、インターフェロンを拒否して、爆弾💣を抱えていた身体が、そんな激務にいつまでも耐えられる筈もありませんでした。


明らかな身体の変化が自分で分かったのは、大々的な引っ越しを2年毎に繰り返した辺りからでした。

異常な肩凝りが治らない。
トイレやガスの臭いが異常な悪臭がする。
お腹が張って、急速に腹囲が膨張し、カエル🐸のようになってきた。
いつも咳がこみ上げて来る。
食事が美味しくない。
貧血で、数回意識を失う。


病院へ行けば
末期宣告を受けるだけ
の状態です。


手のひらは、真っ赤で
肝臓が重篤な時の状態になっている。


間違いなくもう残された時は短いな、と覚悟しました。
家族にも何も知らせず、病院🏥に検査にだけ行く事を決めました。


予想通りの結果でした。



放置すると宣言して病院を後にするも、病院からは私の携帯に何度も何度も着信がありました。


家族に連絡すると言われた時には、完全にキレました。
私は自分の決めた事に全責任を取りますから、一番嫌なこと(家族への連絡)を強行するなら訴えますよ、とまで言いました。


その電話を境に
着信は2度とありませんでした。



家族に悟られ、かつ諭されないためにも
私の携帯は常にサイレントモードにしているようになりました。

未だにその癖は抜けていません。


今でも病院から着信があるような恐れにとらわれ、
常にサイレントモードです。


それからも
絶対に家族には何も気付かれないように
何事もないかのように過ごしました。


続きます。