病気三昧体質が
たまたま 小康状態になっていたに過ぎない40代。
やりがいある仕事、プチ贅沢出来る稼ぎ、良い評価…
それらで高揚した気持ちのおかげもあり、
自分がもう健康になれた気分でいました。
少々の無理はきくようになっていたのですが、
さすがに大きな無理はきかないのだ、と自覚しているべきでした。
私に無理をさせることを何とも思わない夫は、
何度も死にかけた時でさえ
深刻な状況を笑っていました。
今回も
長時間運転で2つの家を往復し、
それぞれの家事を完璧にこなし、仕事も詰め込み、
引っ越しの重労働までこなす私が すっかり元気になっていると考えていた夫は
私の苦労を大して労わる事もしませんでした。
それでも、インターフェロンを拒否して、爆弾💣を抱えていた身体が、そんな激務にいつまでも耐えられる筈もありませんでした。
明らかな身体の変化が自分で分かったのは、大々的な引っ越しを2年毎に繰り返した辺りからでした。
異常な肩凝りが治らない。
トイレやガスの臭いが異常な悪臭がする。
お腹が張って、急速に腹囲が膨張し、カエル🐸のようになってきた。
いつも咳がこみ上げて来る。
食事が美味しくない。
貧血で、数回意識を失う。
病院へ行けば
末期宣告を受けるだけ
の状態です。
手のひらは、真っ赤で
肝臓が重篤な時の状態になっている。
間違いなくもう残された時は短いな、と覚悟しました。
家族にも何も知らせず、病院🏥に検査にだけ行く事を決めました。
予想通りの結果でした。
放置すると宣言して病院を後にするも、病院からは私の携帯に何度も何度も着信がありました。
家族に連絡すると言われた時には、完全にキレました。
私は自分の決めた事に全責任を取りますから、一番嫌なこと(家族への連絡)を強行するなら訴えますよ、とまで言いました。
その電話を境に
着信は2度とありませんでした。
家族に悟られ、かつ諭されないためにも
私の携帯は常にサイレントモードにしているようになりました。
未だにその癖は抜けていません。
今でも病院から着信があるような恐れにとらわれ、
常にサイレントモードです。
それからも
絶対に家族には何も気付かれないように
何事もないかのように過ごしました。
続きます。