『サイゴンの火焔樹―もうひとつのベトナム戦争』  牧 久著 ウェッジ刊

サイゴンの火焔樹―もうひとつのベトナム戦争/牧 久

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ベトナム戦争が終結直前の、1975年3月から日本経済新聞の特派員としてサイゴン(現ホーチミン市)に駐在した著者による、終戦から南北ベトナム統一直後までのレポート及び、サイゴンでの著者で助手であったことからボートピープルとならざるを得なかったトアン氏と、太平洋戦争終結からべトナムに残り、東京銀行で勤務をしながらべトナム解放戦線に参加していた落合氏のその後の人生をレポートしている。

南ベトナム軍の補給地として、南ベトナム軍や米軍を支え、実体経済以上の一大消費都市として発展したサイゴンを、貧しい北べトナムが併合することによって、資本主義経済の恩恵を受けていたサイゴン市民に混乱が巻き起こる。
又当時の中ソ対立、国連加盟における米国との対立の問題から、北ベトナム政府は、南べトナム解放戦線指導部を排除し急激に共産化を推し進める、その結果サイゴン市民の北ベトナム政府への不信感は非常に強いものとなり多くのベトナム難民を生むことになる。このような当時の情勢が詳しくレポートされている。

当時帝国主義に対する民衆の勝利と世界でもてはやされた南北べトナム統一の負の部分と、現在でも根強くのこるホーチミン市民のハノイへの不信感、嫌悪感を理解するために非常に役立つ書籍である。

※ベトナム戦争は米仏の傀儡であるベトナム民主共和国(南ベトナム政府)と民族自決を求める南べトナム民族解放戦線との南ベトナム国内での内戦という図式から始まっている

(以上がメルマガに書いたレビュー)

サイゴン陥落前のルポは近藤紘一の『サイゴンの一番長い日』という名著がありますが、こちらはサイゴン陥落後の南北統一までが中心となっています。
極端な例ですが、経済的には北朝鮮がソウルを併合するようなものなので、当時の混乱は推してはかるべしです。報道されないだけかもしれませんが共産ベトナムの指導層はそれほど私利私欲を優先させたような人はいないようですが、急激な社会の変革で不幸になるひとは結局切り捨てていったということになるので、イデオロギーというのは結局は人を幸福にするものではないのだなあと思いました。
経済開放後の現在ホーチミン市はサイゴン時代以上に反映しつつあるというのも皮肉な結果だと思います。
べトナムの銀行各行は、近隣諸国や顧客がビジネス展開をしている国への支店展開を加速していく方向にある。

ミリタリーバンクはカンボジアのプノンペンに支店を開設した、同行頭取のレ・コン氏によると、今後東ヨーロッパ、アフリカへの支店開設を展望しているという。

マリタイム銀行はカンボジアに100%出資の銀行を設立する手続きを開始した、それとは別にラオス、カンボジアに支店を設立し銀行業務の他、保険、リース、セキュリティ等のサービスを展開していくという。

べトナム開発投資銀行のはラオス、ミャンマー、カンボジア、チェコへの事業展開を始めている。

ベトインバンクは昨年ドイツのフランクフルトに駐在員事務所を開設したが、本年度中に支店に格上げする予定である。長期的にはベルリンの他にフランス、ポーランド、チェコ、イギリスへの支店開設を目指している。

Saigon Times Weekly より

日本にはべトナムの銀行がないので、在日ベトナム人の人たちはフィリピン国営銀行のサービスを本国とのやりとりにはつかっています。そのうち日本にもベトナムの銀行ができるでしょうね。
ラオス、カンボジアに関してはべトナムからの投資が増加するとおもいますが
東欧への出店が多いのは、ビジネスの展開が多いというよりは海外家族が多いということだとおもいます。
ベトナム不動産最大手の1社であるビングループは1年間の建設工事のあと、総合病院とホテルの複合施設である「ビンミック国際総合病院」を1月7日にオープンさせた。

5星のこの病院は、モダンタイムス・シティ・コンプレックス内に地上7階、地下2階の60,000㎡、19部門と31の専門、25のVIPルームと2つのプレデンシャルスイートを含んだ600病室を備えている。
設備は全て、アメリカ、ドイツ、スイスから導入され、特に全ベットが個室となるベトナム初の病院となる。

オープンに際してビンミック病院はティエン・タム基金に50億べトナムドン(約1800万円)を出資し貧困者向けの無料のヘルスケアプログラムを実施していく。

またビングループは50億べトナムドンを保険省に寄付し、30億べトナムドンがバックマイ病院のがんセンターの拡張、20億ベトナムドンは地方の10診療所を僻地に新設するために利用されることとなっている。

Saigon TImes Daily より。


現在ベトナムで外国人が重病にかかったらバンコクかシンガポールに転院ということになってしまいますが、新しい病院もたくさんできてきていますので、そのうちベトナムでも治療を受けられそうです。