「嬉しかったよ」
「覚えているよ」と
言ってくれた。
嘘でも本当でも、私は嬉しかった。
今朝、好スタートを切った私の車は
7時45分、既に国道17号の交差点に
差し掛かっていた。
信号は注意を示す黄色に変わっていた。
1番出社の可能性はあったが、
そこは【安全運転】。
自身の心のゆとりに満足しつつ、
先頭で車を停めた。
ふと見た真っ正面に
高野先生‼︎
笑顔を子供達に振りまきながら、
交差点を渡っている。
どうしよう、どうしよう
突然の機会だったが、
今日で4度目である。
右手にある開店前のしゃぶしゃぶ店の
駐車場に無断で乗り付けた。
そんな私を後で叱るのは、お店の人か、高野先生か、はたまた既に投稿を決めているブログを読む人か⁈
高野先生の反応以外に
更なる不安を積み重ねつつ、
私は信号が点滅している横断歩道を
走り抜けた。
「高野先生‼︎」
突然声をかけた私を見て、
高野先生は
(以前にも同じ様な形で声をかけてきた奴だな)という程度には私を認識した様子で、
「ああ」という表情を浮かべていた。
私はまず、胸ポケットに収めていた名刺を差し出した。
(よし!これで一先ず安心だ。)
(どのような形でこの機会が終了しようとも、この一連の小さなドラマがそれらしくフィナーレを迎え、また、高野先生が後で何らかの方法で私を検索することだって出来る!)
高野先生は、私を覚えている と言ってくれた。
その表情は「もちろんだよ」と言っていた。
今では昔の生徒の子供が、高野先生の務める小学校に通っているんだとか、私が今でも当時の同級生と付き合いがあるのかだとか、
他愛もない話をひとしきりし、私は満足してその場を立ち去った。
この出会いにもう少し色を付けたいと思った私は去り際に、
「ブログにこの事書いてるんで、お暇があったら見て下さい」と
校長先生という職務を想像しながら、多分【控えめ】とは言えない態度で慌てて伝えた。
「また、いつか」という曖昧な言葉を最期に、私は車に戻ろうとしたが、
信号は赤。
まさか、先生や子供達の前で信号無視をするわけもいかず、バツの悪い時間もあったが、もう一度会釈して私は車に戻った。
車に乗って交差点に戻ると、
またしても信号は赤だったが、
もう、高野先生は振り返らず、
子供達だけを見て
笑顔を浮かべていた。
FIN
藤島住宅 岩原 賢太郎