緑が力強くなってきた。
いまごろの時期になると毎年そう思う、いや、思うようになった。
花、新緑、雨、という季節めぐりのなかで植物の色鮮やかさと力強さに「気づいた」と言っても大袈裟ではないような気持ちになったのは2011年だった。
残雪に対比する新芽に、かつてなく目をうばわれた。
桜は胸が痛くなるほど咲いて散り、そのあと、ドクダミの白い花にも、ひときわ別の輝きを感じた。
庭草が勢いよく生い茂り始めるのを見ても、逞しいなあ、と、草の緑とはこうもみずみずしいものか、と目を疑った。愛おしくさえなった。
その夏は『タブラ・ラサ』(白紙還元)という作品の再構築と、冬に向けて『3.11サイレント』という作品の創作を始めていて、そのダンスから自分の中で膨大な変化が起きていることを感じていた。作品を見ると自分の心が少しわかる。踊りには感知したものが映っている。
花や緑に対する心地の、この突然の変化も、やはり震災のせいだと思っていた。
あの日のことと、放射能のことで、自分の心が変化したのかと、、、。
翌年もまた花や緑は目に焼きついた。上記の作品がさらに『方舟』という作品になり海外公演に出たとき彼の地でも緑を眺める喜びを得たが、ヨーロッパの土地なのになぜか懐かしい気持ちになったのは、振り返ると珍しい。出発した日本よりも少し地味で落ち着いて見えたのを憶えている。
帰ってきた東京は紅葉で、すこぶる鮮やかだった。もちろん特異なこととは考えなかった。
年がめぐるなか、石牟礼道子氏が亡くなったときに読んだいくつかのご本のなかに、写真家の藤原新也氏と対談されたものがあり、内容の一部に上記の経験に万一をうたがう重なりを読み取って、おののいた。
セシウムと植物の関係について語られているのだった。
事故直後の福島で、氏は植物の変化に気づかれたそうだ。
フキか何かの植物を見てすこし葉が大きいように感じたという。
コトシの桜は今までになく見事に咲いた、と地元の人が口を揃えたという。
生まれて初めて見るほど色が鮮やかだったという。
そして藤原氏ご自身も、あの年の5月の末に「緑がむちゃくちゃにきれいだったんです」という。
長く房総に住んで初めての鮮やかさだったという。
放射能の影響はまず植物に現れるんです、と藤原氏は語るのだった。
セシウムは、植物の根や葉の生育を促すカリウムと化学構造が似ていて、だから、植物はカリウムと間違えて、撒き散らされた放射能のセシウムをどんどん取り込んでゆく、その結果として発育が異常になり、鮮烈な色彩を帯びてゆくというのだ。
人は心の揺れを踊るが、動植物は命の揺れがそのまま踊りになる。物質は壊れるときに踊る。
水俣では猫が踊り死んで有機水銀を知らせた。いまこの毎年は、緑がもえ踊ってイノチの狂いを知らせようとしているのだろうか。
美しく感じた花を緑を憶えている。
ことし早々と咲いて散っていった桜も気に残っている。
すべては、いま、どうなのだろう。
ことしも緑が力強くなってきた。まぶしい。
いまごろの時期になると毎年そう思う、いや、思うようになった。
花、新緑、雨、という季節めぐりのなかで植物の色鮮やかさと力強さに「気づいた」と言っても大袈裟ではないような気持ちになったのは2011年だった。
残雪に対比する新芽に、かつてなく目をうばわれた。
桜は胸が痛くなるほど咲いて散り、そのあと、ドクダミの白い花にも、ひときわ別の輝きを感じた。
庭草が勢いよく生い茂り始めるのを見ても、逞しいなあ、と、草の緑とはこうもみずみずしいものか、と目を疑った。愛おしくさえなった。
その夏は『タブラ・ラサ』(白紙還元)という作品の再構築と、冬に向けて『3.11サイレント』という作品の創作を始めていて、そのダンスから自分の中で膨大な変化が起きていることを感じていた。作品を見ると自分の心が少しわかる。踊りには感知したものが映っている。
花や緑に対する心地の、この突然の変化も、やはり震災のせいだと思っていた。
あの日のことと、放射能のことで、自分の心が変化したのかと、、、。
翌年もまた花や緑は目に焼きついた。上記の作品がさらに『方舟』という作品になり海外公演に出たとき彼の地でも緑を眺める喜びを得たが、ヨーロッパの土地なのになぜか懐かしい気持ちになったのは、振り返ると珍しい。出発した日本よりも少し地味で落ち着いて見えたのを憶えている。
帰ってきた東京は紅葉で、すこぶる鮮やかだった。もちろん特異なこととは考えなかった。
年がめぐるなか、石牟礼道子氏が亡くなったときに読んだいくつかのご本のなかに、写真家の藤原新也氏と対談されたものがあり、内容の一部に上記の経験に万一をうたがう重なりを読み取って、おののいた。
セシウムと植物の関係について語られているのだった。
事故直後の福島で、氏は植物の変化に気づかれたそうだ。
フキか何かの植物を見てすこし葉が大きいように感じたという。
コトシの桜は今までになく見事に咲いた、と地元の人が口を揃えたという。
生まれて初めて見るほど色が鮮やかだったという。
そして藤原氏ご自身も、あの年の5月の末に「緑がむちゃくちゃにきれいだったんです」という。
長く房総に住んで初めての鮮やかさだったという。
放射能の影響はまず植物に現れるんです、と藤原氏は語るのだった。
セシウムは、植物の根や葉の生育を促すカリウムと化学構造が似ていて、だから、植物はカリウムと間違えて、撒き散らされた放射能のセシウムをどんどん取り込んでゆく、その結果として発育が異常になり、鮮烈な色彩を帯びてゆくというのだ。
人は心の揺れを踊るが、動植物は命の揺れがそのまま踊りになる。物質は壊れるときに踊る。
水俣では猫が踊り死んで有機水銀を知らせた。いまこの毎年は、緑がもえ踊ってイノチの狂いを知らせようとしているのだろうか。
美しく感じた花を緑を憶えている。
ことし早々と咲いて散っていった桜も気に残っている。
すべては、いま、どうなのだろう。
ことしも緑が力強くなってきた。まぶしい。