今回のタイトル「かなたをきく」というのは、かなり稽古が進んでから決めたタイトルでした。
なにもないところから身体を動かして試行錯誤するうち、最初に出てきたのは英語タイトルとして残しましたが、FAR BEAT(遠い鼓動)、というイメージでした。

遠い鼓動。彼方の鼓動。それは「失われた命」と「まだ生まれていない命」のことです。
そして「失われゆく命」「生まれたくとも生まれることが出来ない命」も。
それらが、かつて発していた、あるいは「かなた」で発しているかもしれない「生命の声」のこともです。

いのち、との距離。
生命に対するワタシタチの感覚や行動や言葉が、どこか希薄になってゆくような予感。
かくも多くの暴力のなかで現在あるすべての喪失。
存在するということそのものの危うさ。
そのようなことも、思いにはありました。
しかし、同時に、まだ生まれて来ないけれど、たしかにこの世に向かってくる新しい生命が、いつも、どんな暗がりのなかでも、ある。ということも、
気持のなかにあって、身体を揺するのでした。

一言で表しきれない、そのようなことごとへの思いから今回の作業は始まりました。
だから、暗いところから明るさを探してゆくような気持で、練習を進めてきました。
過程のなかで、おのれの声が、あるいは言葉が、さらには内面の思いさえもが、騒々しく感じることが多くなってきました。
なにかを鎮めよう鎮めようということを多く思うようになっていきました。
いまワタシタチが語るよりもまず、きく、ということを、無数の命は求めているのでは、とも。

そんなある日、「人は沈黙なしには生きられない」という、瀧口修造さんの言葉を思い出しました。
思い出したというより、古い稽古ノートにメモしてあるのを見つけたのでした。
ちょうど練習のなかで感じていた言いようのない感触のこころを、その言葉は教えてくれたようで胸をつかれました。
そこから、作品は次第に変化を始めました。遠い鼓動、というイメージから、沈黙という第二のテーマが重なってきました。

雲も水も光も影も、沈黙している。

というテキストは、そのころに書いたものです。冬でした。(つづく)


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