年賀などなど、とても何回も「新」という字を書いているが、いまさらながら「新しい」という言葉はいいなぁ、と、今迄になく感じてしまう。
年齢のせい?もしや転機?あるいは状況の変化?
わからないが、今迄になかった感覚。そして、今迄の自分はもういいかな、なんて、、、。
年末に誕生日があるから新しい年齢と一緒に新年が来る。
齢を加え何か一つくらい成長したかとつい気になり未熟さや足りなさばかり目について何とも困るが、それよりそんなことよりも、毎年毎年新しい時を迎えながら毎年毎年新しくなって来れたかしら、って、そのほうがもっと大切でもっと困ることなのだ、と、これも今迄になかった感覚。
ものごとは新しくしなければならない。日々は新しく創らねばならない。
なぜか全くわからないが、しきりにそう思い、しかしさてと困る。
新しい、ってなにかな、新しい、という言葉はなぜ在るのか、なぁ〜。
なんて。
59で逝った親父の介護をしていた頃を思い出すと複雑な気持ちになるが、幸い僕はまだ元気で、新しい何かを探していられる。新しくなりたいと困り、自分のダメさに困り、色々困り果てていられるそのこと自体もしやホントに幸いなことかもしれない、とも思う。速く走り過ぎた親父のぶん、僕はゆっくり走って100歳までは生きたい。だからまだまだ人生半分のはずだが分からないものは分からない。しかし、、、。
生きているから色々と困り、新しく新しくと思うのかな。
ならば、さて、もっと困ろうか。と思う。
新しいこと即ち未知のこと無限、向き合うべきこと分からないこと山積み、だからこそ、これからがある。なんだか、なんだか、ああ、なんだか何も知らない、そう思う新年いま。
何も、わかっていないから、新しい何かに憧れる。
なんだか何も分からないから、何もかもが新しい。
わかってしまう前に、新しくなってやろう。
そう思うと、、、なんだか、色々なことが大切に感じ始めてしまう。「大切」という言葉そのものが、とんでもなく大切に、思えてしまう。
年齢のせい?もしや転機?あるいは状況の変化?
わからないが、今迄になかった感覚。そして、今迄の自分はもういいかな、なんて、、、。
年末に誕生日があるから新しい年齢と一緒に新年が来る。
齢を加え何か一つくらい成長したかとつい気になり未熟さや足りなさばかり目について何とも困るが、それよりそんなことよりも、毎年毎年新しい時を迎えながら毎年毎年新しくなって来れたかしら、って、そのほうがもっと大切でもっと困ることなのだ、と、これも今迄になかった感覚。
ものごとは新しくしなければならない。日々は新しく創らねばならない。
なぜか全くわからないが、しきりにそう思い、しかしさてと困る。
新しい、ってなにかな、新しい、という言葉はなぜ在るのか、なぁ〜。
なんて。
59で逝った親父の介護をしていた頃を思い出すと複雑な気持ちになるが、幸い僕はまだ元気で、新しい何かを探していられる。新しくなりたいと困り、自分のダメさに困り、色々困り果てていられるそのこと自体もしやホントに幸いなことかもしれない、とも思う。速く走り過ぎた親父のぶん、僕はゆっくり走って100歳までは生きたい。だからまだまだ人生半分のはずだが分からないものは分からない。しかし、、、。
生きているから色々と困り、新しく新しくと思うのかな。
ならば、さて、もっと困ろうか。と思う。
新しいこと即ち未知のこと無限、向き合うべきこと分からないこと山積み、だからこそ、これからがある。なんだか、なんだか、ああ、なんだか何も知らない、そう思う新年いま。
何も、わかっていないから、新しい何かに憧れる。
なんだか何も分からないから、何もかもが新しい。
わかってしまう前に、新しくなってやろう。
そう思うと、、、なんだか、色々なことが大切に感じ始めてしまう。「大切」という言葉そのものが、とんでもなく大切に、思えてしまう。