毎週水曜のオイリュトミークラスでは、言葉の舞と音楽の舞を楽しむ。
全身で、言葉なるものから内的宇宙の発露を感じ、音楽の響きから森羅万象の振動を受けとめる。
言葉と音楽の豊かさを受けとめ、そのエネルギーを全身に流し込んで踊ることで、私たちが本来持っている生命体としてのエネルギーの流れや活気や調和を再生してゆくのが、オイリュトミーの稽古だ。
新タームの準備として行なった11月最終週と12月第一週の稽古は、音楽について。
芸術・哲学史とからめつつ西洋音楽の変化を少し味わった。パレストリーナ、ベートーヴェン、ワーグナー、アルヴァン・ベルクなどの代表作をサンプルに、音の特徴を踊って体感を比較してみた。秋まで踊っていたドビュッシーの体験も振り返りつつ、時の流れと音楽の変容に思いを馳せておきたかったのだ。
音楽の舞、この冬から踊ろうとしているのは、がらりと変わってバロック。
ヘンデルの音楽を予定している。
どんな時代衝動のなかで生まれ、どんなふうにして現代まで愛され続けるに至ったのか。
そんな話も織り交ぜながら、あの流麗で深い感情のメロディーとリズムを踊りにしてみたいと思っている。
さて今週12月14、この日は言葉の舞のレッスン。
これから春にかけて稽古してゆく、あたらしい作品を紹介した。
高村光太郎の『火星が出てゐる』。
まず朗読して、きいてもらった。
そして、この詩の一言一言をつかみ踏みしめるように、朗読にあわせてステップ。
さらに、言葉の響きを体感してゆくワークへ。
柔らかな一言、
ひろがりゆく一言、
凝縮感のある一言、
熱い一言、
涼やかな一言、
赤い言葉に青々とした一言・・・。
ひとつひとつの言葉を、感性で受けとめ直してゆく。
詩人が言葉を丹念に選び取っていった、感覚の軌跡をさぐってゆく。
アタマで解ることから、
肌や、胸や、肚で、
感じ取ってゆく。そこから、オイリュトミーの作業は始まってゆく。
「要するにどうすればいいか、といふ問は
折角たどつた思索の道を初にかへす。
要するにどうでもいいのか。
否、否、無限大に否。
待つがいい、さうして第一の力を以って、
そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。
予約された結果を思ふのは卑しい。
正しい原因にのみ生きる事。
それのみが浄い。
お前の心をさらにゆすぶり返す為には、
もう一度頭を高く上げて、
この寝静まった暗い駒込台の真上に光る
あの大きなまつかな星をみるがいい。
火星が出てゐる。
おれは知らない、
人間が何をせねばならないかを。
おれは知らない、
人間が何を得ようとすべきかを。
おれは思ふ、
人間が天然の一片で有り得ることを。
おれは感ずる、
人間が無に等しい故に大である事を。
ああ、おれは身ぶるひする、
無に等しい事のたのもしさよ。
無をさへ滅した
必然の瀰漫よ。
火星が出てゐる。
天がうしろに廻転する。
無数の遠い世界が登つて来る。
おれはもう昔の詩人のやうに、天使のまたたきをその中に見ない。
おれはただ聞く、
深いエエテルの波のやうなものを。
さうしてただ、世界が止め度なく美しい。
見知らぬものだらけな不気味な美が
ひしひしとおれに迫る。
火星が出てゐる。」
力強いリズムが隠されている。
押しては還す波のようだ、とは、この詩を聴いた受講者の感想。
ただひとたびの人生に向き合ったときの覚悟、
怖れや不安を受け入れながらも一歩一歩前進してゆくときの予感、
などなど・・・。
この詩を踊りながら、レッスンとして考えている展開は、
・「言葉のリズム=鼓動」を身に刻むこと。
・オイリュトミーの表現から「火のエレメント」と「火星の力」。
・あわせて、シュタイナーの天体論、未来像を読み解いてゆく講義も行ってゆこうと思う。
私たちの住まう世界/宇宙から、私たち自身の内側から、さまざまなエネルギーが内包されて言葉となる。
何気なく使っている言葉、その一言一言、その一音一音に渦巻くエネルギーを読みほどき、身体運動で空間のひろがりに解き放ちゆくのが、オイリュトミーの言語舞である。
秋までのタームでは谷川俊太郎の詩を踊り、その鮮やかな世界観に遊んだ。
言葉は風。そんな受けとめ方をした。
新タームで踊る高村光太郎の世界は言葉は、僕らにどんなことを教えてくれるのだろうか。
楽しみだ。
☆オイリュトミーのクラスは、毎週水曜日の夜7時から。
年内は28まで、年始は1/4からの予定です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※【レッスン参加】
クラスでは新規メンバーの募集を始めました。初心者より。詳しくはココ。
全身で、言葉なるものから内的宇宙の発露を感じ、音楽の響きから森羅万象の振動を受けとめる。
言葉と音楽の豊かさを受けとめ、そのエネルギーを全身に流し込んで踊ることで、私たちが本来持っている生命体としてのエネルギーの流れや活気や調和を再生してゆくのが、オイリュトミーの稽古だ。
新タームの準備として行なった11月最終週と12月第一週の稽古は、音楽について。
芸術・哲学史とからめつつ西洋音楽の変化を少し味わった。パレストリーナ、ベートーヴェン、ワーグナー、アルヴァン・ベルクなどの代表作をサンプルに、音の特徴を踊って体感を比較してみた。秋まで踊っていたドビュッシーの体験も振り返りつつ、時の流れと音楽の変容に思いを馳せておきたかったのだ。
音楽の舞、この冬から踊ろうとしているのは、がらりと変わってバロック。
ヘンデルの音楽を予定している。
どんな時代衝動のなかで生まれ、どんなふうにして現代まで愛され続けるに至ったのか。
そんな話も織り交ぜながら、あの流麗で深い感情のメロディーとリズムを踊りにしてみたいと思っている。
さて今週12月14、この日は言葉の舞のレッスン。
これから春にかけて稽古してゆく、あたらしい作品を紹介した。
高村光太郎の『火星が出てゐる』。
まず朗読して、きいてもらった。
そして、この詩の一言一言をつかみ踏みしめるように、朗読にあわせてステップ。
さらに、言葉の響きを体感してゆくワークへ。
柔らかな一言、
ひろがりゆく一言、
凝縮感のある一言、
熱い一言、
涼やかな一言、
赤い言葉に青々とした一言・・・。
ひとつひとつの言葉を、感性で受けとめ直してゆく。
詩人が言葉を丹念に選び取っていった、感覚の軌跡をさぐってゆく。
アタマで解ることから、
肌や、胸や、肚で、
感じ取ってゆく。そこから、オイリュトミーの作業は始まってゆく。
「要するにどうすればいいか、といふ問は
折角たどつた思索の道を初にかへす。
要するにどうでもいいのか。
否、否、無限大に否。
待つがいい、さうして第一の力を以って、
そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。
予約された結果を思ふのは卑しい。
正しい原因にのみ生きる事。
それのみが浄い。
お前の心をさらにゆすぶり返す為には、
もう一度頭を高く上げて、
この寝静まった暗い駒込台の真上に光る
あの大きなまつかな星をみるがいい。
火星が出てゐる。
おれは知らない、
人間が何をせねばならないかを。
おれは知らない、
人間が何を得ようとすべきかを。
おれは思ふ、
人間が天然の一片で有り得ることを。
おれは感ずる、
人間が無に等しい故に大である事を。
ああ、おれは身ぶるひする、
無に等しい事のたのもしさよ。
無をさへ滅した
必然の瀰漫よ。
火星が出てゐる。
天がうしろに廻転する。
無数の遠い世界が登つて来る。
おれはもう昔の詩人のやうに、天使のまたたきをその中に見ない。
おれはただ聞く、
深いエエテルの波のやうなものを。
さうしてただ、世界が止め度なく美しい。
見知らぬものだらけな不気味な美が
ひしひしとおれに迫る。
火星が出てゐる。」
力強いリズムが隠されている。
押しては還す波のようだ、とは、この詩を聴いた受講者の感想。
ただひとたびの人生に向き合ったときの覚悟、
怖れや不安を受け入れながらも一歩一歩前進してゆくときの予感、
などなど・・・。
この詩を踊りながら、レッスンとして考えている展開は、
・「言葉のリズム=鼓動」を身に刻むこと。
・オイリュトミーの表現から「火のエレメント」と「火星の力」。
・あわせて、シュタイナーの天体論、未来像を読み解いてゆく講義も行ってゆこうと思う。
私たちの住まう世界/宇宙から、私たち自身の内側から、さまざまなエネルギーが内包されて言葉となる。
何気なく使っている言葉、その一言一言、その一音一音に渦巻くエネルギーを読みほどき、身体運動で空間のひろがりに解き放ちゆくのが、オイリュトミーの言語舞である。
秋までのタームでは谷川俊太郎の詩を踊り、その鮮やかな世界観に遊んだ。
言葉は風。そんな受けとめ方をした。
新タームで踊る高村光太郎の世界は言葉は、僕らにどんなことを教えてくれるのだろうか。
楽しみだ。
☆オイリュトミーのクラスは、毎週水曜日の夜7時から。
年内は28まで、年始は1/4からの予定です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※【レッスン参加】
クラスでは新規メンバーの募集を始めました。初心者より。詳しくはココ。