物の見え方を変えてくれる。
物が私を浸食する。
これは、美術のもつ大きな快感だな~と、久々に実感しました。名和晃平さん。
初めて知ったのは、昨年かな「ダンス白州」の冬のフェスティバルに出演した時のこと。零下の野外、踊りの祭りのなかに、大きなアトリエテント。中に、ひとり淡々と制作を続ける名和氏の姿。その集中するありさまを見て、すごくのぞきたくなった、のぞいた。観た。眺めた。触っちゃった。液状樹脂のようなもので自動車が包まれ消化され別の物体になってゆく。美術家の手というのは何だか内蔵みたいな役割をするんだなと思いつつ眼が冴え、ウリウリしたような胸さわぎが、沸き起こったことを憶えていました。
そして、東京都現代美術館での展覧最終日。円環する展示構成も流れ良いせいか、やはり作品の力なせるわざか、かなり混雑していたがチっとも平気で。いいな、とか、面白いな、とか思う前に、生理的な欲望がムラムラと湧き。とにかくやっぱり、触りたくて仕方が無いのですが、触っちゃいけないので、そっと匂いを嗅いだ。けど、やっぱり匂いじゃない。「さわりたい」のでした。
それから、耳が感じたもの。チンと静かで音がコロサレテイル感覚。
これは、素敵。LEDの光が似合う、どこまでも今らしい顔なのに、無音無声のように遠ざかってゆく感じは、青磁の古品に、何故か似ている。あと、この感覚は何。目眩かな。くらくらと軽い偏頭痛など感じつつも、内界にも外界にも属さない、もう一つの世界が作品を介して広がり始める。たとえば、旅なのでした。
物であって物にあらず。
まあ、すごい人がいるもんです!
物が私を浸食する。
これは、美術のもつ大きな快感だな~と、久々に実感しました。名和晃平さん。
初めて知ったのは、昨年かな「ダンス白州」の冬のフェスティバルに出演した時のこと。零下の野外、踊りの祭りのなかに、大きなアトリエテント。中に、ひとり淡々と制作を続ける名和氏の姿。その集中するありさまを見て、すごくのぞきたくなった、のぞいた。観た。眺めた。触っちゃった。液状樹脂のようなもので自動車が包まれ消化され別の物体になってゆく。美術家の手というのは何だか内蔵みたいな役割をするんだなと思いつつ眼が冴え、ウリウリしたような胸さわぎが、沸き起こったことを憶えていました。
そして、東京都現代美術館での展覧最終日。円環する展示構成も流れ良いせいか、やはり作品の力なせるわざか、かなり混雑していたがチっとも平気で。いいな、とか、面白いな、とか思う前に、生理的な欲望がムラムラと湧き。とにかくやっぱり、触りたくて仕方が無いのですが、触っちゃいけないので、そっと匂いを嗅いだ。けど、やっぱり匂いじゃない。「さわりたい」のでした。
それから、耳が感じたもの。チンと静かで音がコロサレテイル感覚。
これは、素敵。LEDの光が似合う、どこまでも今らしい顔なのに、無音無声のように遠ざかってゆく感じは、青磁の古品に、何故か似ている。あと、この感覚は何。目眩かな。くらくらと軽い偏頭痛など感じつつも、内界にも外界にも属さない、もう一つの世界が作品を介して広がり始める。たとえば、旅なのでした。
物であって物にあらず。
まあ、すごい人がいるもんです!