「生きているということ」
この、シンプルにして静かなことばの響きのなかで、
すっと腕を胸に引き寄せる。
そんな動きから、オイリュトミークラス今期のコトバの舞は、始まります。
谷川俊太郎さんの『生きる』という詩をモチーフにした練習作品。
それを今日のレッスンでは踊りました。
先週に振り付けた動きを、ひとつひとつ繰り返し練習しながら、踊りと一人一人の感情を結びつけてゆく練習でした。
シュプラーハ・ゲシュタルトウング(直訳すると言葉の造形ということでしょうか)、と呼ばれる、母音や子音を粒たてるような声の響かせ方で僕は詩をゆっくりと朗唱します。それに耳をすましながら、ひとつひとつのコトバの響きに個々が感情をのせて、人生や経験や夢を託して、全身で舞うのです。
詩にはいろんなコトバが出てきます。
最初に書いた「生きている・・・」というようなスケールの大きなコトバもあります。
かと思えば、「くしゃみをすること」なんていう可愛いものもあれば、「あなたと手をつなぐこと」というようなロマンチックな響きもでてきます。
それらを全部、身体の動きに表現してゆく。
なかなか面白いです。
同じ振りを踊っても、内面は個々それぞれにちがうから、出てくるニュアンスが人の数だけふくらんでゆく。
動きによる合唱と言えばいいのかしら。
同じ詩に耳を傾けながら、同じ動作に身をまかせながら、それぞれが少しずつちがった感情の波を解放し、それらが空間や時間に溶け合い、また、おたがいに影響もしあいながら、ひとつの踊りの宇宙がひと振りひと振りつなぎとめられてゆきます。長く踊り続けている人、いま踊り始めたばかりの人、さまざまな練習経験の人がいっしょになって、心と体のエモーションを紡いでゆく時間。
このクラスを行なうたび、僕は何かあたたかいものを感じます。
「生きているということ」そんなコトバから始まる踊りのなかで、ひとりひとりの人の呼吸やカラダや顔の表情のおだやかな変化が、とても素敵に見えるのです。
踊りで大切なのは、振付けや動きと常に新鮮に出会ってゆくこと、アタマでおぼえようとするのではなく、共に踊る人や教える人とのあいだで感じあいながら、じっくりと時間をかけて知らず知らず「カラダがおぼえてゆくのを待つ」ことだというのが僕のレッスン方針です。
なるほど~!なに、これ?えっ、ちょっと大変かも?
ひとつの振りに対して、いろんな反応がありますよね。
そのひとつひとつの驚きや納得を、無理のないペースで、とにかく楽しんでほしいと思います。
楽しみが重なれば、それはきっと暮らしやコミュニケーションの中に反映されるはずだから・・・。
オイリュトミーでは、ことばの響きを踊る作品と音楽の響きを踊る作品を踊ります。
来週5/11はピアニストの伴奏と一緒に、ドビュッシーの名曲「月の光」を練習します。
あの曲は、踊る人の内なる声を引き出してゆく曲だと思います。楽しみにしていてください。
この、シンプルにして静かなことばの響きのなかで、
すっと腕を胸に引き寄せる。
そんな動きから、オイリュトミークラス今期のコトバの舞は、始まります。
谷川俊太郎さんの『生きる』という詩をモチーフにした練習作品。
それを今日のレッスンでは踊りました。
先週に振り付けた動きを、ひとつひとつ繰り返し練習しながら、踊りと一人一人の感情を結びつけてゆく練習でした。
シュプラーハ・ゲシュタルトウング(直訳すると言葉の造形ということでしょうか)、と呼ばれる、母音や子音を粒たてるような声の響かせ方で僕は詩をゆっくりと朗唱します。それに耳をすましながら、ひとつひとつのコトバの響きに個々が感情をのせて、人生や経験や夢を託して、全身で舞うのです。
詩にはいろんなコトバが出てきます。
最初に書いた「生きている・・・」というようなスケールの大きなコトバもあります。
かと思えば、「くしゃみをすること」なんていう可愛いものもあれば、「あなたと手をつなぐこと」というようなロマンチックな響きもでてきます。
それらを全部、身体の動きに表現してゆく。
なかなか面白いです。
同じ振りを踊っても、内面は個々それぞれにちがうから、出てくるニュアンスが人の数だけふくらんでゆく。
動きによる合唱と言えばいいのかしら。
同じ詩に耳を傾けながら、同じ動作に身をまかせながら、それぞれが少しずつちがった感情の波を解放し、それらが空間や時間に溶け合い、また、おたがいに影響もしあいながら、ひとつの踊りの宇宙がひと振りひと振りつなぎとめられてゆきます。長く踊り続けている人、いま踊り始めたばかりの人、さまざまな練習経験の人がいっしょになって、心と体のエモーションを紡いでゆく時間。
このクラスを行なうたび、僕は何かあたたかいものを感じます。
「生きているということ」そんなコトバから始まる踊りのなかで、ひとりひとりの人の呼吸やカラダや顔の表情のおだやかな変化が、とても素敵に見えるのです。
踊りで大切なのは、振付けや動きと常に新鮮に出会ってゆくこと、アタマでおぼえようとするのではなく、共に踊る人や教える人とのあいだで感じあいながら、じっくりと時間をかけて知らず知らず「カラダがおぼえてゆくのを待つ」ことだというのが僕のレッスン方針です。
なるほど~!なに、これ?えっ、ちょっと大変かも?
ひとつの振りに対して、いろんな反応がありますよね。
そのひとつひとつの驚きや納得を、無理のないペースで、とにかく楽しんでほしいと思います。
楽しみが重なれば、それはきっと暮らしやコミュニケーションの中に反映されるはずだから・・・。
オイリュトミーでは、ことばの響きを踊る作品と音楽の響きを踊る作品を踊ります。
来週5/11はピアニストの伴奏と一緒に、ドビュッシーの名曲「月の光」を練習します。
あの曲は、踊る人の内なる声を引き出してゆく曲だと思います。楽しみにしていてください。