以前、クラスで稽古された方から、ふとしたきっかけで感想をいただいた。武術の稽古もしていられるそうなのだが、そこに僕の基礎クラスでの稽古がかなり重なるというのだ。武術というものは学んだことがないので、不思議に思っていた。しかし、よくよく話を伺っていると、合点がゆくことがあった。彼が言うには、僕のエクササイズのなかでは基本的に他者に対峙する感じが生まれるのだと言う。そのためもあって、じっくり動いていても非常にアクティブであったりするのだと、また、じっとしていても油断できない感じなのだとも、言う。たしかにそうかもしれない。自身、じっとはしても、ぼ~っとするのは嫌いだ。ぼっとした人も苦手だし、日常でもぼんやりするのは好かない。メシでも風呂でもなるべくさっさと切り上げたい方だ。それが反映しているだけじゃないの、と言うと、違うと言う。絶えず何かしらとコンタクトしているというのだ。なるほど。たしかに、僕は身体を操作する上で、いつも何かとコンタクトを繰り返してきたのだった。もちろん、ソロダンサーだからひとつの肉体を操作するのである。しかし、そのなかで、仮想の点や線や面、球体や矩形や、エトセトラ。それらはしかし、意識の中で常に変化し続けるので、こちらの内部は一定のつもりであっても外部は常に流動しており、微細なリンケージをつなぎ続けていると言える。アフォーダンスとも関連づけて良いかもしれない。武術の経験はないが、「武」という言葉から、外部に対する「開き」を勝手に憶測することはある。そのあたりで武術とダブるのかもしれない。(たぶん、つづく)