國學院大など、ベスト8が出そろった第75回全日本大学野球選手権大会 | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 つい先日始まったと思っていた第75回全日本大学野球選手権大会だけれども、ベスト8が出そろった。波乱含みかと思った大会だったが、ベスト8には東都大学連盟の國學院大、東京六大学連盟の慶應義塾大、首都大学連盟の日本体育大、関西学生連盟の関西大、関西六大学連盟の大阪商大と、いわば老舗の5連盟の代表がすべて残った。これに、昨年の優勝校仙台六大学の東北福祉大、準優勝の福井工大の所属する北陸大学連盟の金沢学院大などが残るべくして残った。これに、躍進著しい富士大(北東北大学連盟)がベスト8の顔触れだ。

 10日の東京ドームでは、以下の試合が行われた(第1、第2試合)。

 

北九州市立大001 002 000=3

 関 西 大004 010 00X=5

 

 3回に北九大の1番古謝君(2年・岡山学芸館)の中越三塁打で1点を先取された関大だったが、その裏に二死走者なしから3番中村君(4年・興國)の右前打から山本君(3年・延岡学園)、宮本君(3年・報徳学園)の連続二塁打と、留めは澤村君(2年・三重)の左越2ランを含む4連打で、あっと言う間に4点を奪って逆転。さらに5回にも再び宮本君の二塁打でもう1点を追加した。

 北九州大は6回に、振り逃げからチャンスを貰って、5番小畑君(4年・壱岐)の中越二塁打で2点を返したものの、及ばなかった。関大は7回無死一二塁から、先発百合澤君(3年・開星)をリリーフした中原君(4年・徳島商)が後続をしっかりと抑えて逃げ切った。

関西大の応援リーダーとチアリーダー

 記録を見てビックリしたのだけれども、関大は何と31年ぶりの出場だったのだが、ベスト8となると準優勝した1991年の第40回大会以来のこととなるのだ。かつて第5回大会(1956年)には村山実投手、第21回大会(1972年)には山口高志投手という伝説の投手を擁して優勝をしている関西の名門である。久しぶりの力強い復活となるか…。というところである。

 

 國學院大000 060 3=9

横浜商科大000 000 0=0 (7回コールドゲーム)

横浜商科大・國學院大の試合前挨拶

 5年ぶり2回目の全日本選手権出場となった國學院大。昨年は同連盟の青山学院大が優勝したお陰で、今大会はシード校となり、この日が初戦となった。今季のリーグ戦は「新・國學院」を打ち出して、本来の緻密な野球に加えて、リーグで21本塁打を記録したように、長打力を含めた強打の國學院というイメージで戦ってきた。この試合でも、その強打にも注目が集まっていたが、序盤、3回までは無死で走者を出しつつも、攻めあぐんだ。それでも、鳥山泰孝監督は「初戦でもあるし、ちょっと硬かったかもしれない。それでも我慢していったことで、5回一気に打線が爆発した」と言うように、序盤はやや辛抱の戦いでもあった。それでも、5回は一死から田井君(4年・大阪桐蔭)が内野安打で出ると、4番石野君(3年・報徳学園)が右中間二塁打で帰して先制するなど、7安打を集中。この回、一気に6点を奪い取った。

國學院大・藤本士生君(3年・土浦日大)

 7回にも花田君(2年・智辯和歌山)の左越二塁打と、9番佐藤大空君(4年・修徳)の右越三塁打などで3点を加えた。そして、このリードを6回までは藤本君(3年・土浦日大)が横浜商科大打線を3安打に抑え、7回もリリーフした勝本君(4年・大崎)が先頭には安打されはしたものの、後続はしっかりと抑えて、7回コールドゲームでの快勝となった。

 期待された本塁打は飛び出さなかったけれども、鳥山監督は「初戦に勝って勢いのある相手の爆発力を止められたのが大きかった。安打を重ねて、しっかりと得点を取っていく野球がやれたことはよかった。本塁打はなくても、打席の中の中身は一つひとつ、よかったと思う」と、十分な手ごたえを感じていたようだった。卒業生の院友としても嬉しい限りである。

國學院大、校歌斉唱「♬見晴るかすもの みな清らなる 渋谷の岡に 大学立てり…」