『五十年目の俺たちの旅』をいろんな思いを交錯させながら観ていた | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 必ずしも毎週観ていたというワケではないけれども、それなりに懐かしいと思える中村雅俊の『俺たちの旅』。その、50年目としての劇場映画化作品『五十年目の俺たちの旅』(中村雅俊・監督/鎌田敏夫・原作・脚本)を観てきた。その前提となるテレビドラマをよく覚えていたわけでもないのだけれども、観ていくうちに、何となくそういうことだったかということを思い出したりしながら観ていた。当時は必ずしも思い入れていたわけでもなかったんだろうなとも思うけれども…。それでも、随所に散りばめられている当時の映像に、何となく懐かしさも感じていたし、時間の経過も味わうことができたのも確かだ。

 人間は、誰しもがいろんなものを引きずり、背負いながら生きてきている。それは、長く生きていればいるほどその重さや大きさ、価値などを感じていくことになるのだろうとも思う。そんなことも思いながら、観ていた。 中村雅俊が青春ドラマのスターとして、そして爽やかな歌も歌っている存在だった1970年代から80年代。まだまだ日本も高度成長を走り切っている時代だったのかもしれない。そして、それは彼らよりも少し下の世代でもあるオレの青春時代にも重なっていく。それを、みんな人生の終盤戦に入った爺たちが"今"を生きる姿を50年前を思い出しながら描かれている。

 人間は長く生きていけば、それぞれに抱え込まなくてはいけない問題や、対処していかなくてはいけないこともある。日々を生きていく上では、嫌でもこなしていかなくてはいけないことも生じてくる。誰しもが直面しているそんな現実に向かいながらも、自分が過ごしてきた過去、想い出は背負っていかなくてはいけないし、それはそれで掛け替えのないものでもある。そういうことをシミジミと感じさせる時間もあった作品だった。

 人生っていうのは面白いかもしれない。だけど虚しいものなのかもしれないし、哀しいこともいっぱいあるかもしれない。けれども、楽しいこともあるかもしれない。そんなことも承知でその時間を過ごしていかなくてはいけないのだ。それが生きていくということなのだろうとも思う。

 そんなことを思わせてくれたのは、それぞれの時間で迷いや葛藤、苦しみや喜び、そんなことを思い返させてくれながら、"今"を生きる姿を描いていたからとも言えようか。ほぼ同世代のオレとしても、共鳴したり、苦笑したり、複雑な思いで観られた作品となった。

 そんな、いろんなことを思いながら、自分も人生の終盤戦に差し掛かっているのだけれども、煩悩まみれのオレ自身は、まだまだいろんなことで模索している。だけど、そんな自分自身を自分でもちょっと愛おしいかなとも思っているのだ。そんなことも思いながら、スクリーンと対峙していた。だから、それはそれで、いい時間だったのかもしれない。

 八千草薫か田中健の母親役だったのかということも「そうだったんだ」と思い出させてくれて、妙な感慨があった。

 それと、ちょっとウザい社員に対してカースケ社長の放った言葉「人の批判ばかりしていて、それで自分が偉くなったという気になるな」。これは、今の時期、そのまま某弱小政党の女共同代表にぶつけてやりたいようにも思えてしまった(苦笑)。