いよいよ2026年も始動していくという感じの1月5日の仕事始め | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 今年のお正月は、穏やかに明けたかなという印象だった2026年。正月三が日+1日の4日が日曜日になったということで、今年は多くのところで足並みを揃えて5日が仕事始めというところが多かったのではないだろうか。半分社会からリタイア気味のボクではあるけれども、気持ちだけは「今日から仕事始め」という意識でいた。

直ぐ近くの亀戸浅間神社で、一応初詣。正月らしさは感じられた

 今年の正月は天気も大きく崩れることなかったのも良かった。昨日は前夜に東京でもうっすらと雪が降ったみたいで、ベランダも薄いアイスバーンになっていたりもした。自分が歳をとったせいもあるのかもしれないけれども、ことのほか寒さが身に染みるようになってきたような気もする。ことに手が冷たくてかじかんでしまうのがたまらない。パソコンのキーボードも押し間違えが多くなってしまう。ただでさえが、カナ入力のボクは打ち間違え率も多いかもしれないし、変換ミスも多いのに、さらにそれを助長してしまうではないかなんて言うことも思ったりしていた。

 街ではお休みしていたスーパーなんかも昨日あたりから再開して、いつもの日常らしさになってきたと言ってもいいであろう。たしかに、もうここ何十年かは正月三が日と言っても、初詣で着物を着た女子を見かけることもなくなってしまった。だから、多分仕事始めだからと言っても、ほとんどの会社では、当たり前のようにいつもの日常で始まっていくのだろうなと思う。

 ボクが新入社員として大映映画(株)に入社した時は、仕事始めの日は新橋の会社ではなくて、撮影所に集合して徳間康快社長もやってきて、新年の言葉か何かを述べて、その後は撮影所の何たらスタジオで「鏡開き」が行われて樽酒が振舞われていたなということを思い出した。そして、女子社員の何人かは着物姿で出社してきている人もいたように思う。そんな昭和時代終盤の、今思い出せばいい時代でもあったのだと思う。

亀戸浅間神社の大茅の輪くぐり

 その後に移籍したJAVNでは、正月の出社とはいえ、朝から西崎義展代表を囲んでの会議で、西崎の演説を聞く儀式。これがかなり延々と続いて、昼に鶏南蛮そばか鴨そばを喰うという、いつもの会議の形で過ぎていっていたように思う(ちなみに西崎代表は鰻重箱だったりすることが多かった)。そして、その後に、再び会議に召集されることがなければ、同士(笑)で飲みに行くというパターンだったように思う。

 そして、30代半ばになって移った編集プロダクションの全通企画では、新年初日は取引先の出版社などにタオルを持って、新年のあいさつ回りをして、帰ってきて午後1時過ぎくらいからは「新年会」と称して、寿司などを取って、みんなで「今年も頑張りましょう」的なことをやっていたこともあった。そんな時代も思えば25~30年くらい前のことである。そんな中に、次への活力が蓄えられていたのかどうかは疑問だけれども、それでも、そんなことのできたいい時代ではあったということは確かであろうか。

我がマンションの正門というか入口、今年2月でかれこれ28年になるかな

 と、ふと自分の昔の仕事始めの儀式を思い出したりもしながら、古希近くなっての仕事始めの日を迎えているのだ。「さぁてと、今年はどんな年になっていくのだろうか」なんてことを思いながらも、J-Sportsの「全国高校ラグビー準決勝」を見ている。