この夏~秋の公開作品の中で、一番観たいなぁと思っていたのが『春に散る』(瀬々敬久・監督/原作・沢木耕太郎)である。沢木耕太郎は、かつて、カシアス内藤を描いた『一瞬の夏』に感動させられた。そんなこともあって、このボクシングを題材とした映画に期待していた。
ボクシングを題材とした映画は比較的多い。というか、印象に残っている作品が多くあるような気がする。洋画邦画通じて、最も認知度が高いのは、おそらく『ロッキー』(1976年)だろうか。シルべスタ・スタローンが生卵を何個も一気飲みするシーンなどでも有名だが、そのボクシングシーンも迫力があった。その後、シリーズ化されてもいる。
他にもジョンボイトの『チャンプ』(1979年)やロバート・デニーロの体重調整や演技も光った、マーチン・スコセッシ監督の『レイジング・ブル』(1980年)なども、忘れられない作品だった。
『ロッキー』が公開された翌年に、日本では寺山修司監督で菅原文太と清水健太郎で『ボクサー』が上映されている。ボクとしては、この作品はとても気に入っている。後楽園ホールの通路などで感じられる、血と汗の匂いも混じって少し生臭い感じのワセリンの匂いが、スクリーンからも感じられそうだった。ボクシングの世界独特の匂いというか、タイトルマッチの華やかさの陰にある過酷さと厳しさ、そんなものも感じさせてくれていた。そういう意味でも、ボクとしてはとても気に入った作品でもあった。
また、2011年にはボクシング漫画の傑作『あしたのジョー』が実写で上映されている。矢吹丈に山下智久、力石徹に伊勢谷友介、丹下段平に香川照之というキャスティングで製作されたが、なかなかリアルでよかった、という印象がある。
閑話休題『春に散る』は、元ボクサーに佐藤浩市、ふらりとアメリカへ渡り、何試合かこなした後に引退。そのまま現地に居づいて事業家として成功。それが40年ぶりに帰国してきた。そんな折に、場末の居酒屋で、ちょっとしたいざこざから不本意な判定に一時はボクシングを辞めた男の横浜流星と出会う。
ぶっ飛ばされた若者は、その指導を受けて復帰したいと思うようになる。一度は断るが、彼の本気度に刺激されて、やがて二人の世界を目指す戦いが始まる。そこに、前ジムの会長の娘で今は会長となってジムを引き継いでいる山口智子が絡んでくる。この山口智子の存在感なんかもなかなか良かったと思っていた。
また、以前そこに所属していたかつての期待のボクサーとして片岡鶴太郎と哀川翔が中年を過ぎた元ボクサーとしての渋い味と、ちょっとした哀愁も感じさせてくれる。こうした、ボクシングというかボクサーを取り巻く周囲の生活感がよく描かれていたと思う。
そういう意味でも、映画としての観た納得は十分にあったと思う。みんなが、過去の栄光や武勇伝を背負いながら、現実には、今をどう生きるのかということにあくせくしている。だけど、それぞれに小さな夢や希望もある。いや、それすら失っているかもしれない者たちにとっても、小さな希望を見出そうとしている。そうして生きていくのが人生なのかなぁ…ということも、思わせてくれる深さはあったと思う。
作品として、ハイライトとなるボクシングシーンもなかなか見ごたえはあった。パンチの交錯する音や、息遣い。そんなところに演出の巧みさも感じていた。だから、ある程度ラストの結論は予測できるとしても、十分に納得させてくれるものだった。
また、リングアナとして、富樫君が出ていたのもボクとしては嬉しかった。彼は、編集プロダクションで90年代後期に、一時はボクの部下として所属していてくれたヤツだ。レーサーを目指したりもしていたけれども、その後、プロのリングアナになったということは聞いていた。いくつか世界戦でもマイクを担当していたけれども、この作品でも起用されているとは、それなりに評価されているということであろう。
一番の見どころとなる、タイトルマッチのシーンは手に汗握る迫力満点だった。かつて、伝説の名ファイトといわれている1971年の世界バンタム級タイトルマッチ「ルーベン・オリバレスvs金沢和良」の激闘を思わせるくらいのものだった。ボクとしては、75年のWBA世界Jミドル(現Sウェルター)級の「輪島功一vs柳済斗」や、日本人同士のタイトルマッチとしては伝説の名勝負といわれている、WBC世界バンタム級タイトルマッチの「薬師寺保栄vs辰吉丈一郎」などの、過去のボクシングの名勝負のことも思い出していた。
また、ボクシング映画としては、興行をめぐる駆け引きなどでは、日活で井上梅次監督で二度映画化された『勝利者』を思い出させてくれた。それに、阪本順治監督で赤井英和自身が主演した『どついたるねん』の技術指導の松浦慎一郎が、この作品でも担当していたということで納得もした。
いろんな意味で、納得のいく作品だった。ラスト前、満開の桜の下で横たわる佐藤浩市のシーンを見て、タイトル『春に散る』の意味を納得した。


