観たいと思っていた映画『シャイロックの子供たち』を観られた(^_-)-☆ | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 会社の引っ越しや婆さんの七回忌で徳島県の寺へ行ったりと、ここのところ忙しくてなかなか映画を観に行く時間を作れなかった。だから、見たい映画もあったがなかなか映画館まで行かれなかった。それでも、やっと落ち着いて自分の時間を作れた。

 ということで、観たいなと思っていた『シャイロックの子供たち』(本木克英監督/ツバキミチオ脚本/原作・池井戸潤)を観に行った。

 映画はシェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』の舞台芝居から始まっていく。そして、その舞台の観客に佐々木蔵之介がいるのだが、その人物がどういう者かということは、この段階ではわからない。ただ「借りた金は、返せばすべてが解決するのかというと決してそうではない」という思わせぶりなセリフを嘯いていることで、何かがあるだろうなとは思わせてくれる。そんなサワリから映画は始まっていく。

 また、その妻が「なんだかお金を貸してあげた方が、借りたお金を返さなかった方より悪人みたいに描かれているところが、ちょっと納得いかないわね」という言葉にも大いに納得がいった。そして、ストーリーとしては観ているうちに「次はどうなっていくのだろう?」と思わせてくれたし、「最後は、どういう形で着地していくのだろうか」という興味もあって、ぐいぐいと引き込まれていった。

 東京第一銀行という地銀レベルの一つの支店で100万円の現金が紛失するという事件が起きる。それをお客様係の課長代理の阿部サダヲとその部下たちが、その真相を調べていくうちに、過去の不祥事やこれから起こりうるであろう不祥事のことが浮かび上がってくる。その支店長が柳葉敏郎でパワハラの副支店長が杉本哲太。佐々木蔵之介は本部の検査部次長で、大きな欠損を出してしまった支店の実態を探りに来ていた。そして、100万円紛失事件のことを知るのだが、支店長との過去の辛みがわかってくると、さらに引き込まれていく。

 また、直接、被害を受ける営業マンが佐藤隆太で、それをハメていくしたたかなオヤジが橋爪功。さらには、怪しい不動産屋の柄本明も絡んできて、見どころは十分だった。

 観終わって、ボクは上がっていくエンドロールを見つめながら、しみじみとタイトルの意味を考えていた。

 シャイロックとは『ヴェニスの商人』の登場人物で強欲な金貸しである。金を返せなくなった相手に対しては身体の1ポンドを要求していく。裁判官は、相手の肉体の1ポンドを得ることは認めたが、血の一滴も流してはならぬということを条件としていく。結局、シャイロックは何も得られないままということになるのだ。もちろん、金を借りていて、約束の期日までに返さないというのは、やはり借りた側の方にも非があってしかるべきなのだと思うのだけれども…。

 ただ、金の貸借というのは不思議というか変なもので、いつしか貸した側の方が「本当に返してくれるのだろうか」という不安もあり、立場としては下手になってしまう。それに対して借りた側の方は「返す金がないんだから、返しようがない」と、いつしか意識が優越してしまうのだ。だから金銭貸借は実に恐ろしい人間関係の構図となっていくのである。

 そういう意味では、強気に取り立てる町金融や高利貸しなんて言うアンダーな存在も出てきてしまうということだろうか。と、考えると、取り立て屋だって一概に悪ではないんではないかと思えてしまう。金利が法外ということはいかんのだろうけれどもね。理屈としては「借りたものは、返してちょ」と言っとるだけなんだでねぇ。

 そうやって考えながら、「シャイロックの子供たち」とは、金の貸し借りでは、誰しもがシャイロックみたいな気持ちになってしまうということなのだろうか、とも思っていた。