ちょっとマイナーな水墨画の世界が舞台の映画『線は、僕を描く』 | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 母親が長く日本画を描いていたにもかかわらず、ボク自身はアートには疎い。と言うか、絵心もなければ芸術心もないのでしょうがない。だから「この子は、不器用でガサツやけん…」なんていうことを言われ続けていた。

 そんなボクではあるけれども、一応大学卒業後は映画会社に就職して、芸術の端くれに触れていた時代もあった。まあ、仕事内容としてはアート性は低かったけれどもね。

 閑話休題、水墨画と言うアートの中でもいくらかマイナーかなと思われる世界を描いた映画『線は、僕を描く』(小泉徳宏・監督/片岡翔、小泉徳宏・脚本)を観た。テーマとしては、人間の生きる本質や自分とどう向き合って行かれるのかということでもあった。

 一人の大学生が、自分の家族に起きた不意の不幸を背負って塞ぎ込んだ学生生活をしていたところで、イベントの設営というバイト先で水墨画に出合った。そのことで、そして一つの水墨画に魅入られたことで、その世界に入っていくという話。

 最初はわからなかった、主人公の大学生がどうして椿の絵に涙するのかという意味も、ストーリーの展開と共にわかってきて「あ、そうか」と思わせてくれた。そして、彼の家族に何があったのかということも、終盤近くで明かされていく。そして、そこには、彼の少し虚無的な雰囲気の背景も感じさせてくれた。人間は「自分の周辺で起きていること、起きてしまったことを、すべて受け入れていかなくてはいけないこともある」ということも、一つのこの映画の示していた指針だったのかもしれないなとも思わせてくれた。

 画伯の湖山が三浦友和でその孫であり弟子がNHK朝ドラの『おかえりモネ』のヒロイン清原果耶だったけれども、しばらく姿を消していた彼女に師匠が「おかえり」なんていうシーン。これには、「これ、脚本家は、きっと朝ドラ意識していたなぁ」なんて思って小さく笑ってしまった。

 

 映画の中ではやたら白い紙(和紙)が使われるのだけれども、ボクも以前、婆さんが徳島のお寺の天井画を描くにあたって、日本橋の老舗の和紙店まで紙を買いに行かされたことがあったことを思い出した。確か15万円近くしたし、どえらい重かったという記憶がある。正直「なんでこんなことしとるんだ?」と、芸術の重さと金のかかることに呆れていた。

 婆さんが亡くなって後、独り暮らしだったマンションに残った100近いさまざまなサイズのキャンバスや色紙などの画材を処理するのに凄い大変だったことを思い出した。アート心がまったくないボクは、そんな作業を物理的に淡々とこなしていた。婆さんに申し訳ないと思いつつも…。

こんな和紙店へ、和紙を購入に行ったことがある