『銀座旋風児』で、久々に日活アクションの虚構に浸れた | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 神保町シアターでは「映画で銀ぶら~幕の座」という企画をやっている。高度成長期の昭和30年代頃の銀座が舞台となっている作品がほとんどなんだけれども、それはまた、映画全盛期の時代でもある。

 だから、映画の娯楽性も味あわせてくれて、十分に思いを満たせてくれていた。その虚構の世界の魅力もまたいいものだと思った。ことに、日活アクション映画の虚構の世界は、しばし現実を逃避できる別世界だ。

 小林旭主演の『銀座旋風児(ギンザマイトガイ)~二階堂卓也 銀座無頼帖』(1959年・野口博志監督/川内康範原作・脚本)なんかも、そんな虚構の世界に浸り切れる娯楽作品だ。そもそも銀座を本拠地とする神出鬼没の装飾デザイナーという設定がまず虚構だ。しかも、女にモテてカッコよくて、喧嘩に強くて、なぜか拳銃の腕もいいなんていうのだから、タマラン。

 この時代の小林旭は一方では「渡り鳥シリーズ」で無国籍アクションの滝伸二という役があり、もう一つが、当時900万都市といわれた東京の中心地銀座を根城とする謎の装飾デザイナー二階堂卓也という役どころで、年間14~15本くらいの映画に主演していた。

 映画は、昭和30年代の夜の銀座のネオンが輝く光景から始まる。やがて、小林旭の歌う主題歌が流れてクレジットが現れる。

「♬風が呼んでるマイトガイ 俺が嫌だと言ったって 誰かが俺を呼びに来る ダスターコートの影引いて 今日も嵐の中に立つ 俺は俺は俺は銀座の旋風児♪」

 そして、昼間の銀座が映し出されてストーリーが始まっていく。いかにも、高度経済成長を表していることを思わせる、当時の日本を象徴しているかのような映像でもある。歓楽街のシーン、キャバレーで歌い踊り、そして、そこに蠢く闇の世界。そんな高度成長の裏にある社会的な俗を描きつつも、都会の楽しさ描く一方で、ストーリーの根幹にはやはり太平洋戦争を引きずっている。「もはや、戦後ではない」と言われたのが戦後10年を過ぎた1956(昭和31)年といわれているが、現実にはまだ、戦争の傷跡はどこかに引きずっていた人たちもいっぱいいたのも確かであろう。また、そんな中で巧みに利権を得て儲けた輩もいた。そんな闇を、旋風児(マイトガイ)が突き破っていくのだ。

 原作脚本が川内康範ということを知って、改めてこの映画の背負う背景を感じてしまった。そういえば、その後に出たと思うのだけれどもテレビドラマの「怪傑ハリマオ」も、川内康範だったなぁということも思い出していた。

 久しぶりに、日活アクションの虚構の世界にどっぷりと浸ることができて、昭和の良き時代(だったのかなぁ)を思い浮かべていた。もっとも、ボクなんかまだ、銀座も知らん知多半島の田舎のガキんちょだったんだけれどもね(苦笑)。それでも、思わず小林旭や赤木圭一郎の歌を口ずさみながら帰路に着いた。

「♬夜がまた来る 思いで連れて 俺を泣かせに 足音もなく 何を今さら辛くはないが……♪♪」