かつての自分の作品を見つけたことで、今の自分の励みにもしていきたい | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 今年に入って、いろいろ周辺のモノを整理していて、断捨離を進めているのだけれども、そうした中で、時に作業が止まってしまうものにいくつか出くわす。

 そういえば、この前は懐かしいビデオソフトなんかも、しばらく奥まったところに眠っていたものが出てきた。ボクのこの世界でのデビュー作と言ってもいい、“Number VIDEO”のVHSが出てきたりしてね…。残念ながら、いつの間にかVHSのビデオデッキそのものを処分してしまったので、見られないのだけれども、これだけはどうしても捨てることが出来なかった。

 初めて、自分の名前がクレジットとして画面に乗った時の喜び、その思いは忘れてはいけないと思う。もちろん、初めて自分の著書が本屋に積まれた時の喜びも同じではあるけれども…。

 アナログ時代の名残の小型のカセットも出てきた。それで収録されたテープなんかも出てきたのだけれども、「何だろう?」と思って聞いてしまうと、もうアキマヘン。一つは、「アンチ巨人❢快楽読本」(1999年双葉社・刊)の時の「アンチ巨人、勝手座談会。中日ファン、吠える」というヤツだった。当時は両国にあった中日ファンのオヤジの店で、呑みながら愛知県出身で中日ファンの漫画家・高信太郎さんやマスコミドラゴンズ会(通称マスドラ会)の事務局長のオヤジとボクが、そこの店主も交えて、勝手気ままにはしゃぎまくって楽しんでいるものだった。

 ただ、それが面白いでいかんがや。丁度、その頃は、読売巨人は長嶋茂雄監督の第二次政権で、それこそ各チームの四番打者コレクションの最盛期でもあった時代だ。そのことに腹を立てまくっている高さんたちが言いたい放題だったからなぁ。

 

 しかも、それをそのまま掲載して、そんな本が結構売れたでいかんがや。と言うか、それで、共鳴してくれた人たちがおったりしたからねぇ。版元の双葉社にいろんな激励のハガキが来たりして、それに図に乗って、まさにやりたい放題みたいな感じでやっとった時のモノだったということである。

 そのカセットが、電池入れて回してみたら聴けるもんだで、聞いちゃうがね。

 また、マイクロカセットなんかも出てきて、これは何かいなぁと思って聞いてみたら、我がつたない初講演だったりして、赤面の思いを感じつつも、それはそれで懐かしいかなぁと思ったり、20年以上も前の、まだ手探りみたいにしてやっていた時代のモノが出てきたのだ。今になってみれば、そうしたアナログ時代の最後の産物なのかもしれんなぁとという遺物も大事だなぁと、思ったりもしていた。

 こうやって、自分の周辺のモノを片付けていくということは、自分の周りを身軽にしていくことではあるのだけれども、もう一つの側面としては、自分の歩みを振り返るということにもなるんだなぁという側面もあると感じた。そして、それが原点回帰ではないけれども、その時の自分のパッション(情熱)を掘り起こすことにもなるのではないかと、そんな気もしている。

 今は、座談会なんかも、ICレコーダーで拾って行って、その方が性能も良かったり、巻き戻しの聞き直しの確認なんかもスピーディーなんだけれども、アナログのカセット時代もそれはそれでよかったような気もする。

 また、かつての自分の作品を見つけたことで、今の自分の励みにもしていきたい。

 いろんな断捨離をしながら、そんな思いにもなれたことは、悪いことではなかったと今さらながら思っている。