昭和のいい時代の軽快なラブロマンス『すずかけの散歩道』 | 週刊テヅカジン

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手束仁が語る、週刊webエッセイ

 神保町シアターでは、「生誕110年~森雅之~孤高のダンディズム」という特集が組まれている。

 森雅之は作家有島武郎の長男で、世界的な評価を受けた『羅生門』(黒澤明監督作品)や『雨月物語』(溝口健二監督作品)などで評価を受けた俳優だ。文学座の結成にも参加していたが、『浮雲』(1955年・成瀬巳喜男監督作品)で圧倒的な評価を受けた。ことに、メロドラマの名優と言われた存在だ。

 『すずかけの散歩道』は、そんな森雅之が、東洋経済社のような出版社の妻を亡くした編集長役で登場。部下でもあるヒロインの司葉子に思いを寄せられるが、結局、歳の差を気にして決断しきれなかった男という役どころ。

 さらに、これに司葉子の姉の津島恵子が人妻の身ながら、司葉子の同僚の男(太刀川洋一)に心を引かれていくというダブルラブロマンスが絡んでいく。

 オープニングからちょっとステキな感じだった。石畳の上に男と女の足元が映る。ハイヒールのかかとを上げて伸びをしている映像は、二人の男女のキスシーンを思わせる。さらに、石畳の上を歩く人たち、子どもたち。そこにタイトル&クレジットがかぶっていく。

 1959(昭和34)年の作品だから、東京オリンピックの5年前で、日本が高度成長を走っている時代でもある。まだまだ男女格差はあるけれども、そんな中でヒロインは出版社で男性と対等に渡り合おうという思いで仕事をしている。

 女性は、仕事を取るのか恋愛を取ってやがて結婚して主婦という鞘に納まるのか、大いに悩んでいた時代かもしれない。そして、男も「男らしさ」を求められていた時代。そんな中で、それぞれが無理して、背伸びしながらも、既成概念を崩していこうという姿勢も見せていく。そんなところも感じられた。

 ヒロインが同居している姉の夫である石丸先生は、石坂洋次郎自身がモデルのようなところもあるのかもしれないけれども、新しい価値観を認めていこうという姿勢を示している。それを笠智衆が演じている。

 全体としてはラブロマンスドラマなんだけれども、メロドラマと言うほどべっとりともしていない。高校生の男女交際も含めて、少し軽快な感じもあって、重さは感じられない。言うならば、昭和のいい時代の男と女のそれぞれのドラマ、ラブロマンスストーリーと言っていいであろう。

 そして、いずれのカップルも振られちゃう形になるんだけれども、それでもまた「明日があるさ…」というように、明るく受け止めて次へ向かっていこうとする。そんな姿勢を示しているかのようなラストが、何だか昭和の夢と希望溢れる時代を感じさせてくれた。 

 それに、『すずかけの散歩道』なんていうタイトルもステキだ。「すずかけ」とは、俗称プラタナスと呼ばれる街路樹の学術名称だ。だけど、そんな呼称が何となくロマンチック感を醸し出してくれる。

 作品は、『青い山脈』や『若い人』などの石坂洋次郎原作、堀川弘通監督で脚本は井手俊郎。あの元中日で、東大野球部の井手峻現監督の父親である。ちょっといい時代にタイムスリップさせて貰えたかなと、そんなことを感じられる時間でもあった。