これは「平成~令和版・同棲時代」とも言える、映画『花束みたいな恋をして』 | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

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ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 若者たちはいつの時代も悩み、迷い、戸惑い、失望しながらも、先を見ながら前へ進んでいくことができる。だから、挫折も失恋も、夢破れる現実も、すべてを自分の糧としていかれるのだ。そんな思いを、還暦越えしたオヤジが、今更ながら味合わされて、少しホロッとする気持ちにもなれた映画だったのが、『花束みたいな恋をして』(土井裕泰・監督)だった。

 1991年に大人気となった「東京ラブストーリー」など多くの連続ドラマを手掛けてきた脚本家・坂元裕二の書下ろしでもある。

 作り手のメッセージとしては、「今を生きるすべての人へ贈る」という作品だという。その土井裕泰監督は、昨年は『罪の声』を撮って注目された名手でもある。

 今、若いヤツの映画館離れがあるというけれども、それを阻止するがごとくに、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が空前の人気になった。そして、今回のこの作品は、公開3日の興行収入と動員数で、それぞれ堂々の1位となったということだ。ことに土日に20代のカップルを中心とした観客が多く足を運んだということも大きかったようだ。

 実写作品として、動員力があるということは、映画ファンとしては、ことのほか嬉しいことだ。若いヤツらにつられるように、50代までの幅広い層が男女問わず足を運んでいるという。負けてなるかと(苦笑)60代のオヤジも、どんなものかと足を運んでみた。ただ、ボクのような還暦越えのオヤジやオバサンは、一人で見に行って、過去の自分の思いもフィードバックさせながら見ていく方が、より味わい深くなれそうな気もした。

 京王線の終電に間に合わなかったというところから、たまたま出会った二人の大学生の男女が、話していくうちに映画や音楽、読書傾向などが似通っているということをわかり合う。そして、やがて二人は何となく同棲生活を始めていく。多摩川べりの調布駅から少し離れた場所というスポットも何だか、昭和時代の神田川や、ボクの住んでいた三軒茶屋とは違って、それこそ、今風ともいえるのかもしれないなとも思っていた。

 二人は、「自分のやりたいことをしていきたい」という思いで同棲を始めていくのだけれども、やがて、生活していかなければいけないという現実に遭遇する。そうして、就職活動にも精を出していく。結局、生活を維持していくための仕事をしていくことになるのだけれども、そんな中での葛藤もありながら、彼の方は仕事をしていく責任を感じていくようになる。一方で、彼女の方は、せっかく取った資格で得た仕事を放棄して、自分がやりたいと思ったことをしていきたい仕事に転職していく。

 そうしていくうちに、お互いに少しずつ気持ちのすれ違いを感じ始めるというストーリー。

 果たして二人はどうなっていくのかということは、ネタバレになるのでここでは書かない。ただ、二人が一緒に過ごした5年間の生活と心の動きの描写は、とてもリアル感もあった。

 

 形の違いこそあれ、誰もが味わっていく若い時代の異性との出逢い。そして、思いの交錯やいざこざと愛おしさ。永遠にこんな時間が続いていくことはないとわかってはいながらも、だけどずっと現状維持をしていきたいと思う気持ち。そんな切なさは手に取るように伝わってきた。特に、若い頃には男はそういう感情が強いのかもしれない。

 だから、男と女は出会い、別れ、そしてまた出逢うんだということなのである。

 男と女は、それが夫婦であっても恋人同士であったとしても、あるいはライフパートナーと言われる関係同士であったとしても、すべてをわかり合え、知り尽くすことは出来ない。だけど、だからこそ、男と女はいつまでも、お互いの思いを求めあうことが出来るんだろうなとも思わせてくれる映画でもあった。

 60歳越えても、十分に若いヤツと同じ世界に入り込めたとも思わせてくれる作品だった。有村架純と菅田将暉の雰囲気も、どこにでもいそうな等身大で、とてもよかった。知らない街で、フラリと入った店で、とても旨いものを食ったような、そんなお得感も味合わせてくれた。

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