梅雨時は、紫陽花の花の季節でもある。ボクが花のことを語るなんて言うのは、とても珍しいことなんだけれども、アジサイの花を紫陽花と書くことに対して、妙に文学的な匂いを感じている。ちょっと気になったので調べてみたら、「日本語で漢字表記に用いられる『紫陽花』は、唐の詩人白居易が別の花、おそらくライラックに付けた名である」という文献に巡り合った。
「えっ? そうなんだ」と、ちょっとがっかり感があった。さらには、「平安時代の学者・源順がこの漢字を当てたことから誤って広まった」といわれているらしいのだ。つまり、誤用が一般化したものであるということだ。「それは、話しちゃうやろ」というのが正直な気持ちでもある。
何だか、文学的な匂いがひゅ~っと飛んでいってしまった。ちなみにライラックとは北海道などによく育つ落葉低木で4月頃に枝の先に紫や白、桃色などの花を咲かせるものだという。
ところで、紫陽花の「花」だと思っている部分は、学術的に言うと実はガクで、花はその中にある小さい部分だということらしい。そうしていくと、紫陽花にイメージしていた少し薄幸な女性のイメージと、そのか弱さと可憐さが、「そうでもないことがいっぱいあるがね」という気になってしまうのだ。もちろん、そういう理解それはそれでいろいろあってもいいのだけれども…ね。とも思っている。
ただ、そういう見解からすると、我々は紫陽花のガクを見て、「紫陽花は雨に打たれても綺麗に咲いているね」などといっている人のなんと多いことか。
だけど、チコちゃんは知ってる。「紫陽花の花のように見えているところは、実はガクである」ということを…。「チコちゃんはエライね、5歳なのに紫陽花の花のように見えているところが実はガクだなんていうことを知っているなんて…」な~んちゃって、ね。
ところで、紫陽花の当初のイメージををモチーフとして歌謡曲というのは大事にしたい。それは何かと問われたら、やはり渡哲也の『あじさいの雨』だろうか。
「かげで流した おまえの涙 ふいてやれずに 今日までひとり 身勝手すぎた このおれを 詫びてみたって 遅いけど 雨 雨 あじさいの雨に 声をころして 男泣き」(水木かおる・作詞/遠藤実・作曲)
ちょっと切ない男と女の別れ歌でもある。
そういえばおニャン子クラブにいた城之内早苗の歌で、『あじさい橋』なんて言うのもあった。おニャン子の中では抜群に歌唱力のあった城之内早苗で、ボクなんか曲想から行っても、森昌子の再来ではないかと思ったくらいだった。元巨人のエースのジョーこと城之内邦雄投手(その後ロッテ、巨人スカウト)の縁戚に当たるということも興味深いところだった。
「あの人とこの橋の あじさいの花、 遠くにゆっくりと 梅雨が来て 空からそっと投げた 絹の糸の雨 静かな街並は 色あせて あの人を見送る道 手をふりながら 渡れ 渡れない ふたりが名付けた橋 渡れ 渡れない ああ あじさい橋 小さなこの傘を開いたまま 欄干に立てかければ想い出の花」(秋元康・作詞/見岳章・作曲)
これは切ないというよりも、青春歌謡に近い流れの青春想い出曲という立ち位置なのかなぁ。ボクは、かなり好きな曲の一つですけれどもね。
と、今回は書き出しとは違って、文学的アカデミックな要素が、やがて、凄く日常的な着地点になっていった。まあ、歌謡曲も大衆文化ということで、こういう拾い書きがいいのかなぁ。

