映画『東京オリンピック』を文芸座で見た、その① | 週刊テヅカジン

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50年前の映画『東京オリンピック』(1965年・東宝作品・市川崑監督)を新文芸坐で見た。「日本映画の魔術師 市川崑生誕100年祭」という企画プログラムの一環として組まれていた。

いくつかある映画『東京オリンピック』のポスター

この映画に関しては、確かに以前に見ている。それも、学校上映会として回ってきたことでだと思う。まだ小学生の時だったけれども、映画ができて2~3年してからじゃないかなぁと思う。多分、メキシコオリンピックの前くらいだから、ボクは4年か5年だったように思う。体育館で体育座りして、全校生徒ではなくて、高学年だけとか、そんな感じじゃなかったかないう記憶だ。
一応、学級委員か児童会役員なんかやっていたボクは、イっちょ前に何か意見を述べていたと思う。まあ、何を述べていたかは忘れたけれども…。

 

そして、改めて今見てみて、これは東京オリンピックの記録映画ではなく、あくまで戦中派の市川崑監督が高度成長下の東京オリンピックを、どのようにとらえたのかという作品であると確認した。
まるで『沈まぬ太陽』の冒頭のような太陽の映像から、次のカットはいきなりビルの破壊の映像。つまり、新しいものを生み出すために、古いものを壊していくという作業から始まるということだろう。


市川崑監督生誕100年祭の告知

そして、無人の国立競技場が映し出されるのだが、その国立競技場が取り壊されてしまった今、時代の流れを感じるとともに、感慨深いものがある。

ナレーターは三國一朗だが、映画は、あくまで、映像作品としてナレーションは少な目ではないかという印象だ。特に、最終聖火ランナーの坂井義則さんが入ってきた時から、点火まではノーナレーション。それでも、聖火が平和の象徴であるということが、それまでの導入から理解できる仕組みになっている。

 

このあたりは、やっぱり“映像の魔術師”なんだろうなぁと思わせる。そして、全体的にも競技結果そのものを追いかけるのではなく、それを見つめる観客の様子、競技前の選手の表情、そこの関わる警備員や競技役員の表情、そういうところを丁寧に映しだしている。このあたりも、市川崑カラーなんだろうなぁと思っていた。

そう、やはりオリンピックというのは、最大の世界イベントなのだ。そして、それが初めて欧米圏ではなく、ファーイースト東洋の2本で開催されたことに意味があったのではないだろうか。
終戦から19年、歴史的にも日本が最も元気な時代だったともいえるだろう。


東京オリンピック1964のイメージシンボル

 

そんな要素を十分に感じさせてくれる映画だった。休憩をはさんで、3時間もある作品なのだけれども、それを長いとは思わせないのもさすがだった。

競技結果一辺倒だったら、むしろ長く感じてしまうところだったのではないだろうか。

日本映画の魔術師・市川崑は「東京オリンピック」という大きな題材から、人間を描くということに終始したのだと思う。ただし、登場する人間にセリフは一つもない。ただひたすら、シーンとしておびただし手数の人間が登場する。そして、そこで語り掛けるものを見る人がどう感じ取っていくのか、そこに賭けたのではないだろうか。

そして、その感じ取り方は、時代を経て、変化していくことも当然である。

そこまで見越しての構成演出だったのではないか、そんな気がしてならない。

 

競技の主体は陸上競技になっているのは、やはりオリンピックの象徴的なものだからであろうが、100m走のボブ・ヘイズをはじめ、いまだに鮮明に記憶にとどまっている選手たちが多くいた。
陸上短距離で、選手がスターティングブロックを自分で打ち付けているシーンが克明に映される。そう言えば、陸上部のヤツはスターティングブルックを自分でセットしていたなぁということを思い出した。そして、それが妙にカッコよく見えたりしてね。

 

ことほど左様に、現象として時代感があって、それがまた良かった。
開会式のシーンなんか、どうしてだかわからないけれども、入場行進を見ているだけで胸が熱くなってしまった。ソ連やアメリカ選手団に対して、「大デレゲーション」という表現をしていたけれども、そういう言葉を使っていたなぁということも思い出した。

 

と、ここまで書きながら、語り出したら切りがないなぁという気になってきた。ということで、今回は競技内容に関しては触れないで置こう。

そのことは次回のこのブログで紹介ということで、映画同様、二部構成としておこう。

 

エンドメッセージ

『東京オリンピック』の併映は、石原裕次郎主演の『太平洋ひとりぼっち』でした。1962年に石原裕次郎が独立して、石原プロとしての最初の作品だと思います。

 

堀江謙一がヨットで単身太平洋を横断したという実話をモチーフとした作品ですが、その妹役が浅丘ルリ子でこのあたりは、日活スター主義の名残もまだまだありました。

『太平洋ひとりぼっち』も、終戦後17年の作品。

時代を映し出しながらも、市川崑の人間描写は素晴らしい