週刊テヅカジン

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手束仁が語る、週刊webエッセイ

 思えば昨年の夏、一向に収束の兆しもないままのコロナ禍で、無観客ながら強引に開催となった東京オリンピック・パラリンピック。表向きには無時終幕となった。あれからほぼ1年が経過しようとしている。このタイミングで、その総括としての映画『東京2020オリンピック』が河瀨直美総監督で、今月上旬のsideAに引き続き、運営側の視点に立って構成されたというsideBが公開された。

 正直、sideAに関しては、ボクの個人的な意見としてはやや食い足りなさを感じていた。アスリート視点と言いながら、あまりにもジェンダー平等という視点に拘りすぎて、世界トップレベルであるはずのスポーツ本来の迫力、ドラマ性、感動はソフトボールシーンを除いてはほとんど感じられなかった。

 それだけに、ボクとしてはむしろこのsideBに対する期待は却って大きかった。エンブレム問題、新国立競技場問題に開会式の総演出を予定されていた野村萬斎の辞退。さらには、その後の演出総監督も、何だかわからん差別表現とか言われて辞任。そしてとどめとしてはマラソンの開催地の急遽移転問題と、直前の森喜朗組織委員長の辞任。というように問題山積のまま、最後は蔓延する新型コロナウイルスの中での無観客開催となった。これだけの紆余曲折と問題を抱えながら開催となったオリンピックは、さすがに過去に記憶にない。

 そんな経緯も含めて、演出家河瀨直美が、運営側の視点ということで、どう表現していくのかということには、別の部分で興味があった。また、これを機に、オリンピックそのもののあり方、今後についても、それぞれの中で考えてみる機会にもなったのではないかと思わせてくれたのではないかとは思っている。

 思えば、日本の高度経済成長の真っ只中の1964(昭和39)年の東京オリンピックの開催は、当時の日本国民のほとんど誰もが「戦後日本の完全復興」の象徴として捉えていたのではないだろうか。そして、これで本当に世界に伍して日本という国のあり方を示したことにもなったと思えたのではなかったか。また、誰もが東京オリンピックの開催を心から喜び、選手たちの一つひとつに感動していた。

 そのドキュメンタリー記録映画は市川崑監督で『東京オリンピック』として翌年に公開された。そのオープニングは、巨大なビルが大きな鉄球によって壊されていくシーンだった。それは「新しく生まれ変わる」日本を象徴していたのだろうか。さらには、マラソンの王者アベベビキラのアップをさまざまな角度からとらえたり、世界一の力持ちと言われたウエイトリフティングの最重量級のジャボチンスキーの表情を丁寧に見せたりというシーンが印象的だった。

1964年の東京オリンピック、国立競技場にあった聖火台

 その東京オリンピック1964から半世紀以上の時が経ち、日本の立場も世界そのものの価値観も変化してきていることは確かである。

 コロナ禍ということもあって「オリンピック開催反対デモ」なんかもあったのも事実だ。そんな現象も捉えながら、今回のオリンピックに関わった多くのスタッフの証言を中心として構成されていったのがsideBだった。ボクとしては、sideAよりは観ていて納得感もあった。気になっていた男子400mリレーのバトンが繋がらなかった件は、ここで見せてくれたが、ボクとしては「それはやはりsideAではなかったのかな」という気持ちもある。

 多くの関係者のコメントで構成されていたけれども、個人的な印象としては、橋本聖子のオリンピックへの思いを語った言葉が一番心に響いた。そして、次に印象的だったのは、森喜朗の辞任後に関しての忸怩たる思いと無念さ…、そんなところに古い体育会系オヤジの気概を感じてしまっていた。一度、説教されながら、ボクも「あ、その思い分かりますよ」なんて言いながら呑んでみたいとも思ってしまった(苦笑)。

 それにしても、野球とバレーボールのシーンがsideAとsideB通じて、ワンカットもなかったのは残念でならない。