僕は単純に、スターになりたかった。アホな中学3年生の頃だ。
毎週、スター誕生を見ては、自分と重ね合わせ、憧れを膨らませていった。
ある日、スター誕生に出していた応募ハガキの返信がやって来た。オーディションに来て下さいと。
場所は大阪だった。そして、その日は、洛西社か何かの模試がある日だった。
僕は迷った末、模試を受けてしまった。そして、めちゃめちゃ悪い成績をとった。
2000人中、1980位くらいの。また、おかんが嘆いた。
でも、あの日、あの時、スター誕生オーディションに行ってたら、
僕はたぶん、ローラースケートを履いたグループに入っていたと思う。
『ユー、滑りなよ♪』
て言われていたと思う。みんなから『あーくん』て、かーくんみたいに呼ばれていたはずだ。
そして数ヵ月後、映画『生徒諸君』の主役応募の広告を目にした。
前回の後悔を元に、今回は書類選考とか二次まで合格し、(誰でも受かるのですが)、
三次審査が行われる、京都タワービルでの面接へ行った。一番好きな、ちょっとテカってる服を来て行った。
剣道着で面接を受ける個性的な人や、モノマネを披露する独特の人がいた。
僕は何も考えていなかったのと、根本的にアホだったので、何も用意していなかったし、
言われた事をすればいいのだ、と天才バカボンのパパのような態度でいた。
審査員から『得意な事をして下さい。』と言われ、僕は、
『う、歌が得意なので、チェ、チェッカーズの歌を歌います!』
と、噛み噛みで答え、ギザギザハートの子守唄を歌い始めた。
すると、鷹の目のような、するどい目をしたブサイクな審査員が、
『もおいい!』と、キツイ口調で僕の歌を止めた。
僕はまだ、
『ちっちゃな頃から悪ガキで~15で不良と呼ばれっ……』
までしか歌っていないのにだ。せめて、『15で不良と呼ばれたよ~♪』までは歌わせてほしかった。
おまけに鷹の目は、
『個性が全然ないよ!次の人!』
と、僕は濡れた羊のような扱いを受けた。僕はそれ以来、濡れた羊を『友』と呼ぶ事にした。
けど、今でも思う。
ちょっと歌手になりたいなぁーて♪
おしまい。
嵐山あおや