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栄ではたらく主任のアメブロ

日々の感じたことを綴ります。

たくさんの人に出会い、たくさんの人を知る


その中でたくさんの人を疑い、少しだけのひとを信頼している


たくさんの人と付き合い、やっていくより


信頼している少しのひととやっていく方が仕事がしやすい


信頼できるひとは誠実だとかまじめだとかいろいろあるけど


一番のポイントは合う人


合う人はすばらしい


なにも言わなくてもこちらのやり方を理解してくれるし


相手も理解しているからストレスなくやりとりできる


ストレスなくやりとりすると、絶対いいものが生まれるし、いい仕事ができる


逆に信頼のない関係で仕事はしずらい


頼られてないと、やる気も出ない


信頼は実績に比例する


いま、目の前の仕事を着実にこなしていること


小さくても成果をあげていくこと


歯を食いしばって、我慢するときだ


小さくてもやることやった時には言うことを言ってやろう


それまでは、耐える


ただそれだけ

サラリーマンであるからには、組織の一員として存在しているわけで、


社長のかじ取りというか、所属している事業部のトップのかじ取りに非常に左右されている。


される側としては、トップが交代するたびに、または組織が変わるたびに、


前任と比較して感じることがある。


学生の時、といっても中学くの時だけど、組織を率いたことがある。


その経験といえば、調和を整えることに必死で、組織力はあまり考えてなかったと思う。


ただ、その学校では行事が盛んで、ことあるごとにクラスで優勝を競うことに全力を集中する。


自分が統率してそうしたわけではないけど、人気のある先生の差配とか見ていて


他の組織をライバル視して、その組織に勝つ様に結束を強めるという方法があった。


個人でも他を意識すると、それに影響を受けて変わることがある。


組織的に他の組織を意識して、なおかつ勝とうとすると


おのずとその組織を構成する個々の意識は「みんなで勝つためには」というテーマに向かい始める。


そうすると個々は組織の中での役割を意識し始め、行動が変わる。




また、自分の現状の実体験として、僕は組織のトップではないが、


組織的にも中核のメンバーになりつつあるなかで、


僕が後輩たちに変化を与えている部分があることを先輩から教えてもらった。


具体的に何を言われたわけでもないが、


部門担当者の年長者が前任が移動し、僕になったことで後輩の意識が変わったと。


自分で何がそうさせているのか、それを言われて考えてみた時に


後輩に対してはしきりに仕事としての夢を語っていたり、


そうするためにはみんなが成長しないといけないから


たとえライバルチームの後輩であっても仕事については応援し続けた。経験をありったけ教授した。


その姿勢に伝わるものがあったのかもしれない。



組織を率いたことはさほどないけど、強い組織にするときは


①ほかの組織をみんなで追い抜こうと意識する。②組織のトップが夢をもつ。


この辺が大事なんだろうと思ったりする。



2013年6月21日 30歳と1ヵ月


395日間追いかけた物件を事業化させた。


マンション160戸と戸建29区画 総事業費70億。


この計画よりさらい大きい物件に携わったことがあるが、今回は違う。


自分が事業化の段階から入り込み、自分がいなかったら事業化できなかった案件だから。


自ら新規開拓した戸建事業者から開発オーダーを取得し、自ら戸建区画のラインを決め、


物件がピンチの時も人任せにせず、自ら問題を打開させる案を練り、立ち向かった。


それは、それは、非常に苦しい1年半だった。


できれば100点だが、できなければゼロ。


何度もピンチはあったけど、そのたびに


この物件をやらなきゃうちの会社が名古屋で仕事してる意味がない


この物件ができなきゃ自分がうちの会社にいる意味はない


この物件を諦めたら必ず競合他社にうちがやるべき仕事をやられてしまう


と思って、諦めずにやってこれた。



このブログをスタートした2010年。


あと3年で30歳を迎える年として、なにかはじめないとと思って綴り始めた。


それは仕事とは何のためにするものなのかという初歩的なことから始まり


いまの仕事を続けるべきか、それとも転職かということも考えた。


というか、正直転職を考えていた。


それが今の仕事すらろくにできていないのに転職かとか、今の仕事が向いているのかとか


他の業界の仕事をやってみたいという気持ちもあった。


3年間「仕事をする」ということに真剣に向き合い、悩んで悩んで、話して語り合って、考えた。


そして躓いて、ブランクになって、ねたんで、停止状態になった。


盲目になった僕は、ただ今の仕事をひたむきに取り組んでみることを選んだ。


失敗し続けた。失敗し続けた。


でも、諦めずに挑戦した。それを続けた。「挑戦し続ける価値」にこだわった。


それでも負け続けた。


今回、ようやく勝てたこの物件は、もしかすると3年前の決起がなかったらできなかったかもしれない。


自分の中で30歳は大きなターニングポイントだと思ってた。


それは転職ではなく、仕事の成功へと変わったけど


挑戦し続けた集大成には変わりはない。




今回の物件は、自分が小学校・中学校を過ごした地域にある。


思い出の場所で、こんな大きな計画を自らの手で手掛けられたのは、本当に感慨深い。


30歳でこれを成し遂げた。


次は35歳までにやりたいことはもうすでにたくさんある。


ひとつひとつ取り掛かっていこう。