…と大上段な?タイトルをつけてしまいましたが、

 

すこし前に、文系志望の大学受験生のお子さんのお母さまと、このような話題になりました。

 

具体的には、

大学で歴史や哲学などの文学を専攻すると、後々の就職などで困るのか?

ということについて、

です。

 

私自身は、昭和から平成のころ大学生でしたが、

文系だったら、法律とか経済とか専攻する方が就職で「つぶしがきく」などと言われていました。

 

と言われていて、素直な(思考停止だったともいう)私は、そういったいわゆる「実用的」なほうの文系の学部生でした。

そしてその後、ずっと歳をとってから、

語学、演劇、歴史などに興味を持つようになりました。

 

もちろん人間一生勉強で歳を取ってからでも死ぬまで学べるとは思いますし、そうありたいと願っています。

 

ですが、若い10代から20代にかけてのやわらかな身体と脳みそで、たとえば、演劇専攻で戯曲の研究をしていたら、どうだったかな?

 

なーんて、こんな想像をするのは歳を取った証拠でしょうか?

 

・・・と、話は戻って、このテーマについて考えていたら、日経新聞の書評欄で見かけたのがこちらの本でした。

 

 

 

この本のテーマはあえてひとことでいうと、

歴史や哲学を学ぶことはビジネスにも役に立つ

ということでした。

 

読了後の感想としては、

それはそのとおりだろうけど、

歴史や哲学を学び知識を蓄えることと、

それをビジネスなどの実生活に活かすことの間には、大きな壁があるというか、そこが難しいのではないかな、と感じました。

 

それとも、歴史や哲学の知識が肚落ちして理解できていると、思考や行動も変わってくるのかな。

 

きっとそうだろう。


この歴史や哲学の知識が思考や行動のベースになるということに関して思い出したのが、

次の本です。

 

 

 

この本は、

子どもたちが将来大学でレポートや卒論を書くときに役に立つかなと思って買ってみたのですが、

私にとっても学びが大きかったです。

 

 

 

 

 

以下、この本で私にとって学びが大きかった部分を引用します。

ネタバレになっちゃいますので、お気をつけください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、阿部幸大『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』の139頁から140頁までの箇所です。

以下引用します。

 

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(・・・)、「人文学ってなんの役に立つの?」といった問いにたいして、さまざまな回答を目にする。わたしの回答はシンプルだ。それは世界から暴力を減らしているのである。

 

(・・・) 世界から暴力を減らすことに尽力する言論活動が無価値だという批判は、「人を差別して殺してもよい」という主張と同じくらい、耳を傾ける必要がないようにわたしには思われる。つまり、暴力を減らすための言論活動の価値が世界から消えることはない

 

(・・・)これは(梅子注:「人文学の価値は何か」という問いに対して著者の阿部さんが到達した上記のような回答例)、たとえ自分が個々の論文執筆においてコミットしているトピックがどんなに小さなものであっても、それは世界と接続されているのだと信じるためのひとつの例である。

 

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引用以上です。太字部分は原文のとおりです。

 

 

ここを読んで、私はものすごく衝撃を受けました。

 

ある仕事が、役に立つか立たないか、は、当然重要なことで、さらには、稼げるか稼げないか、は文字通り死活問題です。

 

しかし、それを支える心のありかたとして、

どんなにささやかでも「世界から暴力を減らす」=「世の中を悪くなくすること」ということに貢献しているんだ、と思えたら・・・?

 

「暴力批判」の例として、著者の阿部さんは「フェミニズム、クィア理論、ポストコロニアリズム」をあげていますが、

日常生活でなんかおかしいなと思うことっていくらでもある。

 

仕事においても、そこを意識できると、別に声高に叫ばなくったって、町のかたすみでひっそりと働いていて誰にも気付かれなくたって、仕事の質が変わると思うのです。

 

 

 

 

 

・・・というようなことを思っているのですが、

子どもたちに「ここ読んでみて!」と付箋を貼って積読していても全然読んでくれません(涙